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2012年1月

スリルとサスペンス

昨日ステフと話していた時、これから私がベルギーに住むことになった場合の想像できる限りの苦労を並べられ、思いっきり不安になってしまった。

どうして、洋の東西を問わず、男は頭でばっかり考えるのかしら?

確かに何か事を始める場合に最悪の事態を想像することは必要だと思う。(今までも何度自分の人生最悪のことを想像したことか・・・笑。大抵の場合、意外と思ったほどひどくない。)

だけどさ、いいとこ無しぐらいに言うんだもん。
やれ、家族はいないの、友達はいないの、ベルギーで仕事を見つけるのは難しいだの(取り合えず知り合いを作るために日本料理屋でお運びさんでもするわ~と言ったらそう言われた。)、文化が違うだの、このネガティブ野郎!と叫びたくなったわ。

言っていることはもっともだけど、そんなこと考えてたら新しいことは何もできない。
確かに簡単じゃないかもしれないけど、じゃ、やめるのか?っていう話。

私だって実は不安がいっぱい。若い時ならいざ知らず、これからフランス語を覚えるのは、この歳の頭にはかなりの負担。(と言いながらもペラペラとフランス語を話している自分を想像してほくそ笑んでますがなー笑。)

ま、でも逆に若い時より知恵も付き、その上開き直りも早くなっているから(あ、おばちゃん化しているだけ。)何とかなるわさ~、って思いもある。

でも、どっちにしても、しょうがないのである。この歳なのも事実、でもって、一緒にいたいな、と思う人がベルギー人なのも事実、変えられない。じゃ、やるしかないのである。

どうせ一度きりの人生だし、今の人生だってスリルとサスペンスの毎日。行ってだめなら帰ってくればいい。(と姉が言った。)

不安もあるけど、と、同時に実はワクワクしている。

もう何が心配かっていったら、今週の最高気温が-1℃って何さ?最低気温-9℃って何さ?

わけわからん!

文化の違いより、気温の違いの方が怖いわ!

(でもヘルシンキって最適温-15℃位なんだよね・・・)

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夢の中で

今朝方見た夢は、ちょっと禅問答のような夢。

何と問われたかは忘れてしまったが、今ここに生きる、か、受け入れるとはどういうことか、だったような気がする。で、何と答えたかというと、「今自分はここにいて、なになにを着ていて、財布を持っている、で、その財布にはいくらいくら、入っている。」だった。(なんで財布の中身なのかは不明・・・)

自分で答えておきながら、「へ?」っと、思った。それって、ただの観察じゃん、と。でもその後に、「あ!」っと、思った。 で、「そっか。そうなんだーーー。」と思った。

『今』のことだけを考えたら、財布の中に(例えば)1万円入っている。で、終わるだろう。だけど過去のこと、先のことを思うと、使い過ぎただの、これから節約しなきゃいけないだの、終わったこと、起こってもいないことに対して、後悔したり、心配したりする。

なんか言葉ではうまく言えないけど、今を生きる、受け入れる、っていうことはそういうことなんだろうな、と思った。

それと同時に思ったことは(あ、夢の中でね。)色々と頭で考え過ぎる、ということ。どうしてこういうことが起こるのか?とか、起こったことに対してあまりにも意味を持たせすぎるってこと。何かが起こった意味なんて、わかる時が来たらわかるのだ。意味がわかったとしてもそれは自分で勝手に解釈しているだけだし、本当の答えなんて誰にもわからない。
じゃあ、考えすぎないでその意味が自分なりにわかるまで、ほっときゃいいじゃん、って、どっちにしろ、自分のために起こることだわ~ぐらいに考えて。

と、その辺で目が覚めた。

なにか、よーわからんが、起きた時ちょっと気持ちが楽チンだったわ。


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とても嬉しかったので・・・

リンクさせていただきます。

Mani Calde あたたかい手

以前に女性の身体講座の参加してくださった方がなんと私のスクールの講座を紹介してくださっていました。
思いもかけないことだったけど、本当に嬉しかった。

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神様の配慮

養成講座をやめてしまうのか、と思うと心が辛いけど、これからは、この間のようなタッチケアなんかの簡単な講座をちょこちょこ開いていこうと思う。
いろいろな人にリフレクソロジーのよさを知ってもらうには、その方がいいかもしれない。

最近何か事が起こっても結局はそれでよかったんだ、ということが本当に多い。病気なったからこそ、健康のありがたみや、家族や友人の存在に感謝できるような、そんな出来事。(あ、別に病気になったわけじゃないですよ。念のため。)

自分だけのちっぽけな視野で物事を見ているうちは、わからないけど、神様はきっと何でもうまくいくように仕組んでくれているんだろうね。

だから、きっと、私がよく確認せずに取ってしまったキャンセルできない航空券のせいで、ヘルシンキに一泊することになったのも何かわけがあるんだろうね。ね、ね、ね、ね、神様?
(これ本当の話で3月に意味もなくベルギーの帰りにヘルシンキで一泊することになっちゃった・・・だーーーーーー。)

ムーミンフリークの友達には「それは運命よ!私にムーミングッズを買ってくるための!」と、叫ばれたが、?だけどね。

最近本当に神様の配慮に感謝の日々です。(で、いったいヘルシンキに何があるのだろう?滞在時間18時間だけどさ。笑。)

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亀?の歩み?

相変わらずフランス語は上達してないのだけれど、「習うより慣れろ!」(←気合入ってます!)とは、よく言ったもので、1年前と比べれば、アン・トウ・プティ・プー(スペルを調べるのがめんどくさいからカタカナ。笑。ちなみに、本当にちょっと。という意味。)上達しているかな?

英語は曲がりなりにも、学校で8年勉強したし、アメリカ映画や、イギリス映画は、フランス映画に比べれば、本当にたくさん見ている。旅行も英語圏が多くて、何と言っても英語は日本語の中にたくさん入ってきている。

だから、意外とちょっと頑張れば話せるようになると思う。スラスラっとはいかないだろうけれど、ボキャブラリーを増やすことと、言いたいことを英語に置き換える際に直訳せずに同じ意味で自分の言える表現にできれば、取りあえず会話は成り立つから。

だけれど、いかんせん、フランス語は、大学で第二外国語として履修はしたけれど、夜間だったし、週1回で、先生も2部の生徒にはゆるいから、まあ、全く知らない人よりは~、という程度。
フランス映画も好きだし、よく見ているほうだけれど、アメリカ映画に比べれば、ほんとに少し。その上、字幕しか見ていなかった・・・。

だから、慣れるというのは、本当に大事だと思う。英語も音で聞くことに慣れるのは大事だけど、フランス語もそう。

前に映画の話の時に、映画監督の話になって、「リュック・ベッソン」と言ったら通じなくてしばし困った。「タクシー」で、やっと通じ、「リュック・ベッソオーン」と言われた時には、外国の言葉って、英語もそうだけれど、音って大事なんだなと、しみじみ思った。

だから、意味がわからなくても、取り合えず聞きまくる、というのは、一つの方法。(あー、だけど某英語教材の聞くだけっていうのは、嘘だと思う。それなら、私、もうすでにペラペラなはず。笑。)

聞きまくって、音の感じをつかみながら、その言葉に慣れながら、ボキャブラリー増やして、そして、文法確認しながら・・・だーーーーーーーーーーフランスの語ペラペラの道は、とおーーーーーーーーーーーーいぜ!

だけど、「疲れてない?」「寒くない?」「そっちの天気はどう?」「食べ過ぎた~。」「後でメッセージ送るね。」(あー1年前には考えられないこと!)って言えるようになったんだから、ま、いいか!それに今日ちょっと、ステフに褒められたし。爆。

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タッチケアとしてのリフレクソロジー

タッチケアとしてのリフレクソロジー講座を初めて開いたのだが、なかなかいい感じ。
これは、人に触れる、ということを目的にしているので、リフレクソロジー本来の全反射区の刺激を与える、というものではないのだが、意外と効果的かも?と、思った。

このトリートメント方法は、リフレクソロジーというよりも、ゾーンセラピーをもとにしたと言ったほうがいいかもしれない手順なのだけれど、その理論通り、全ゾーンは、網羅している。だから、タッチケアとしてだけではなくて、セルフケアにもいいかもしれない。

本当に簡単にできるように手順を組んであるので、お友達どうしや、親子で参加、何ていうのがいいと思うな。

うーーーん、いい感じなので、これから毎月やろうかしらん?本当にいいのよね、反射区のチョイスが。(と自画自賛。笑。)
たくさんの人に本来のリフレクソロジーのよさを知ってもらうには、こういう手軽な講座も開いていかねば。

気軽に習える、という講座なので、理論なんかは本当に大事なことだけ教えるのだけど、「いやー、先生すごい知識力ですね。」と、褒められて、久しぶりに半分木に登っちゃいそうだったわ~。爆。この方が養成講座に来てくれてら、どんなに褒めてくれるのやら。(←アホ)

相変わらず小さいスクールだけど、心意気だけは大きく強く、これからも色々な方にリフレクソロジーのよさを知ってもらうために頑張らねば。

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光陰矢のごとし

じゃないけれど、本当に最近は年月が経つのが早い。
何かを思い出す時、それが去年のことだったのか、2年前のことだったのか、時々わからなくなるぐらい。(ボケが始まってまっせ。)

先に楽しみが待っていると早く時間が過ぎてくれないかなと思うが、過ぎてしまった時間は戻らず、前にも戻れない。20代の頃は、毎年同じ自分がいて、月日だけが過ぎていくように感じたれど、今はしみじみと自分も確実に歳を取っていっているんだと感じる。

そう思うと、一日一日を大事に生きよう、なんて思うのだ普通だが、相も変わらず、ひねもす昼寝をしてみたり、去年のクリスマスの様に自分の歳も忘れて朝まで飲んで次の日を半日無くしたり、と、大事さのかけらもなく過ごす日も多い。

歳を取って人生が残り少なくなってきている今の方が、若い時に比べて無為に過ごしている時の方が多いような気がする。本当なら若い時より時間を惜しまなくてないけないのに。

体力の問題もあるんだろうけど、自分の時間を人と比べることが無くなった、ということもあるかもしれない。

パリから帰って来た時、凱旋門もシャンゼリゼもかすめただけ、モナリザも見てこなかったというと、もったいない、と人からいわれたけれど、モナリザを見るよりも、ルーブルの中庭で夕暮れの中小一時間ステフと話した時間はかけがえがないし、パリ最後の日にカフェで昼過ぎから夜までワインを飲みながらあーでもないこーでもないと、話をしたのは今考えるとシャンゼリゼをそぞろ歩くより巴里っぽい。

以前なら、何かもっと毎日人から見て意味のあることをしなければ、とか、こんなのではいけない、とか、いろいろおもったのだろうけれど、最近自分が納得していればいいか、と思う。
きっと、自分らしい時間の過ごし方が若い時に比べて上手になったんだろうと思うし、人と自分を比べることが少なくなったというのもあるんだろうね。

なんだかいつものようにまとまりがないけれど、結局は、なにもせず一日ぼけたん、と過ごしてもいいじゃん!という開き直りのいい訳しているだけなんだろうね。笑。

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なんか、もやもや

新年早々こんなことを書くのもなんだけれど、なんか、心の中がもやもやしてはっきりしない。
自分が本当は何がしたいのか、くっきりと見えてこないのだ。

取り合えず、遅くても2年後にはベルギーに引っ越す、と、決めたのはいいが、どちらかというと、決めたら即行動、というタイプの私には、この待つ、というのが苦手。確かに単なる旅行と違って、いろいろと準備をしなくてはいけないから時間が必要なのもわかるのだけれど。(で、変なところで、私ってやっぱり思い立ったら吉日タイプなのねと、改めて確認する。笑。)

で、準備は必要、と思っても、具体的に何から手をつけていいかわからない。ああ、きっとそれがもやもやの原因なんだわ。自分だけで決まられることではないから、いつものように思うまま勝手に動くということができない。あ、書いてて気がついた、それが誰かと一緒に生きていくということなんだ!
うーーーーん、今までどれだけ勝手気ままに生きてきたんだろう?私って。

あと、もやもやの原因はたぶん、自分の仕事のこと。決断しておきながら、本当にそれでいいのか?と、迷っている自分もいる。確かに言葉の問題さえクリア―できれば、あっちでも、この仕事はできる。(これがこの仕事のいいところ。それに、言葉が片言でもリフレクソロジーさえあれば、コミュニケーションの道具になるもんね。←いきなり強気。爆。)

と言っても、教える、ということになると、難しい。だけど、ちょっと、ヨーロピアン風になるならば、(ステフ曰く、ヨーロッパでは、仕事に関しての謙虚さは命取りらしい。笑。)もったいなくないか?私?って思うんだよね。本当に自分で言うのもなんだかおこがましいが、補完療法としてのリフレクソロジーを教えられる先生でこんな先生はいないと思うのだ。で、やっぱり、教えたい!教えたい!教えたい!って、いう自分もいるんだよね。

で、本当は、あっちに住みながら、時々日本に帰ってきて教える、というのが理想。どっちみち、ステフも年に2回は、日本に帰ってきたがるから(すでに奴は、3月の名古屋行きの飛行機のチケットを買った模様)、考えようによっては可能の様な気がするんだけど、それには教える場所がいるので、その確保が難しい。今のスクールを維持していこうとすれば、お金もかかるから、そこに往復の航空券代の費用のことを考えるとどんだけ稼がなくてはいけないの?と思う。(ステフが大金持ちだったら簡単かも?でも、普通のお勤め人。)

まあ、そんなことや、こんなことを考えてばかりいて、落ち着かないというのがほんとの話なんだけど。

あ、私って今地に足付いてないじゃん。今ここ。じゃない。(書くことはいいね、自分が見えてくる。)

ま、とりあえずは、理想を胸に抱きながら、今自分にできることを丁寧にやって、後は神様に任せるか・・・

きっと、今は、「待つ」という修行の真っ最中かもしれない。それに、これも誰かと一緒に生きていくための準備の一つなんだろうね。

さて、今日は、今年初めての講座の日。がんばるわ~。

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新年に思うこと

今年のカウントダウンは、時差の関係で2回。1回目は日本の、そして、2回目はベルギーの。

Facebookも年末からカウントダウン祭りの様な感じで、日本を皮切りに、次々と世界中が新しい年を迎えていく。
今は本当にすごい世の中だね、スカイプで、Facebookで世界中とつながれるのだから。

こうなってくると、国境なんて意味があるのかしらと思う。確かに未だに世界には内戦やら、なんやら日本人の私には想像もできない状態の国があって、きっと国境の警備もすごいのだろうけれど。

ジョン・レノンのイマジンの世界も遠くないかも・・・

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明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いいたします。

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