« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

妄想のコツ

相変わらず妄想してます。笑。

妄想のコツは(あ、知りたくない?)気分がいい時に思いっきり妄想すること。すると不思議なことに実現可能の様な気がしてくる。逆に気分が落ち込んでいる時は、しない、させない。まあ、落ち込んでいる時は妄想すればするほど落ち込むからね~、現実と妄想のギャップを感じて。
だから、何かいいことがあって、いい気分で、ポジティブエネルギーがいっぱいの時についでに妄想するといいと思う。いい気分も倍増するし。はは。

あと、すぐに実現しなくても、妄想を続けることが大事かもね。「かもめのジョナサン」を書いた(古いから知らない人も多いかも?)リチャード・バックも10年ぐらいノートに「これはみんなに愛される。」と、かき続けたそうな。そしてその後世界的に売れた。

あとは自分を信じてあげることかな。完ぺきではないけれど、いつもそれなりに努力している自分とか、を自分が認めてあげて日々大丈夫だよ~と言い聞かせる。
それと、何事が起こっても自分の進むべき道のために起こっていると信じること。
今までの経験からいうと、自分に起こることは、大きなことでも、小さなことでも、大抵のことは、その後よくなるために必要だったということが分かる。その時は辛くてもね。

人生は短いようで長い、長いようで短い。
あっと、いう間に10年過ぎるし、また、10年あれば色んな事が出来るのだ。
たまには、多風呂敷を広げる会でも開いてみてはいかが?きっと楽しいよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幸せって、なんだっけ?なんだっけ?

という、歌を歌いながら、明石屋さんまがポン酢醤油のコマーシャルに出ていたのは、遥か大昔25年ほど前かしら?笑。

何でこんな歌を思い出したかというと、今年の頭ぐらいにかなり昔の元婚約者と連絡を10年ぶりぐらいにとる機会があって、その時は、ステディな相手もいなかったので、ありのまま話したら、「お前には幸せになってほしいから。」と言われて、「?」っと、なったことをふと思い出して。

その時思わず「え?今でも充分に幸せだけど。」と言ったら、「じゃいいけど。」って。なんじゃそりゃ?
せめて、「結婚して家庭を持つという経験も悪くないよ。」とか、「パートーナーがいるのも、また人生を豊かにしてくれるぞ。」ぐらいにしてれればいいのにね。

40も半ばを過ぎて、結婚していないとか、今誰も付き合っている人がいないとか、は、そんなに不幸に映るのか?それとも、ただの男の上から目線付きのエゴが?

男の人から見たら、結婚は、女の幸せなのかなあ、そんなに。

別に負け惜しみじゃなく、本当にこの仕事に出会ってから、家賃の心配はしても、不幸だとか、幸せじゃないとか思ったことがない。それに比べれば、君といた時の方がずっと不幸だったぞ!と言いたいぐらい。笑。

それに私の場合、誰かと出会うことよりも自分がどうありたいのか?とか、自分自身の中の問題を解決することの方がここ10年ぐらい優先順位で、今ではここ10年ぐらいは本当に自分探しの旅だったと思う。もちろんそのヒントをくれたのは、その彼であったり、途中何度かした短い恋愛なんかだから、自分ひとりだけで出来たわけじゃないんだけどね。

かと言って、自分に自信がついたから、仕事が軌道に乗ってきたから、じゃ恋愛しましょ、ではなくて、自分を信じることができるようになってきたことや、生まれてからの自分の課題の様なものが最近なんとなく少しずつ解決できるようになってきて、そしたら仕事も何とか軌道に乗ってきたかな?という感じだし、ステフと親しくなった時は仕事が暇っだしな~。笑。

まあ、よく言うように、結婚はしたい時が適齢期で、世間の適齢期はどうでもいいと思う。(ああ、これも世間で言う婚期を逃した女のいい訳か?)
確かに女性の場合、子供を産む、ということには、リミットがあるから、それに適齢期というのがあるのならわかるけどね。

今思うのは、今、私は幸せだし、私の場合、今まで結婚しなくてよかったな、ということ。今までの私は結婚するには未熟過ぎたと思う。(誰もがそうかもしれないけどね。)
ま、じゃ、今は人として成熟しているかと聞かれれば、怪しいものだけど、以前よりはましだと思う。笑。

ある人に言われた、「45年待っていた甲斐があった?」って。待っていたかどうかはわからないけど、自分らしくいられて、いいことも悪いことも何でも話し合っていこうね、と言って、言葉の壁もなんのそので、心に思ったことをなんでも語り合える相手がいるというのは、ほんとにいいものだと思う。だから焦ったり、執着や世間体で結婚しなくて本当によかった。
あ、結婚の予定はないけどね~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最近のお気に入り

青い鳥の本
最近これがお気に入りで、毎日引いています。
いい感じです。以前紹介した「筋トレ」石井ゆかりさんの本のネットバージョン。
無料ですから、一度お試しあれ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

正確さ

先回の旅行で、感じたことは、何と言っても日本の交通機関の時間の正確さ。
普段は当たり前だけど、外国に行くとありがたみがわかるね。

まずは飛行機。日本を出発する時は、どこの航空会社でもそれなりに、時間通りだと思う。(とりあえず今まで経験なし。)だけど、おなじ航空会社でも、トランジットする時は要注意。とまる飛行場が変われば、事情は変わる。

今回の旅行の場合だと、まずは、ヘルシンキで、飛行機1時間遅れ。トランジットの時間が1時間ちょっとだったから、乗り換えスムーズ~♪なんて思っていたら大きな間違い。バスで飛行機まで運ばれて、そろそろ離陸かしら?なんて思っていたところへ機内アナウンス、それも、フィンランド語かスウェーデン語と、思いっきりなまった英語とフランス語。よくわからんが、とにかく、15分ぐらい遅れるらしい。これ一番いやなパターン。飛行機に乗ってから、遅れるの。狭い機内でじっと待つのは苦手です。:(
で、結局は同じ様な放送が2度あり、最後は、もう飛ぶからね~、みたいな事言ってから、「パリに着いたら、バッゲージクレームカウンターまでそうぞ。」みたいな事言うからおかしいな?と思ったら、どうも、預けた荷物が空港のストで飛行機にまで運ばれなかったらしい。(ほかの日本人乗客の話を小耳にはさんだ。)
で、結局やっぱりにパリに届かず、次の日、オペラ座に出かけるときに着ようと思っていた着物は、着れず、着たきりすずめのTシャツで、出掛ける羽目になった。(ホテルに荷物が着いたのは、次の日の夜中1時過ぎ・・・ステフいわく、「これがヨーロッパさ。」だって。)

ちなみに、帰りはパスポートコントロールが込み過ぎていて、1時間しかトランジット時間がなかった人たちを待つためにまた1時間遅れた。あ、私も待ってもらった組。フィンエアータイトなタイムテーブル組み過ぎ~。お陰でムーミンショップは、かろうじて写真を3枚撮ってスルー。

その後も、「電車に乗る時は必ず、最後まで、自分の乗る電車がどの番線から発車するか確認すること!」なんてステちゃんに言われながらの、乗車。どうも、いろんな電車が遅れたりするから、他の電車にもいろいろと影響するので、入るホームの変更が多いらしいのだ。実際にオランダ行くときに乗った電車に変更があった。

でも、その遅れのせいで、助かったこともあった。
モンスというステフの住んでいる町に出かけたとき、私がスーパーで(スーパーを見て回るの好きだから)時間を食い過ぎて電車を一本遅らせないと無理かな?と思っていたけど、なんと5分遅れだったので、飛び乗ることができたし。(実はステフは最初から、きっと乗れるともうよ、と言っていた。5分遅れはいつもらしい。じゃ、5分後を定刻に変更しろよ!)

一番助かったのは、タリスって言う日本で言うと新幹線みたいな国際列車がパリ~オランダまで、走っているのだけど、ブッリュッセルからパリに帰る時、発車まで時間があったので、地下でのんびりチャイニーズのお昼ごはんを食べながら話し込んでいて、パッと時計を見たら、発車五分前!
日本の新幹線のように自由席があったり、次の新幹線は5分後~、ではないので、乗り遅れると片道の切符がパー。もう二人とも真剣になって、ホームまで走っていると、ステフがいきなり「5分遅れだって!ラッキー!」と、叫んだ。
普段なら、ベルギー人でも遅れはムッとするらしいけど、今回は別、二人ともホッとして、それからゆっくりホームへ行くことができた・・・・だが、これでは終わらぬベルギー鉄道。
その後アナウンスがあり、なんと!「1時間遅れるみたいだよ。」って。で、「コーヒーでも飲んでゆっくりしてもいいけど、いつ何時、今度は早くなったよ~、なんて、放送がかかるかもしれないから、ここにいたほうがいいと思うけど、どうする?」って、言われた・・・。で、結局ホームは外だけど、お天気もよくて、屋根付きで意外に快適だったので、そのまま1時間待った。

で、何が面白いかというと、1時間遅れるかもよ~、なんて放送がかかっても誰も慌てない。怒らない。駅員さんに怒鳴らない。携帯で一斉に連絡をしだす、ということもない。なぜかみんな、のーんびり。
日本だったら、駅員さん大変だろうね。(パリに着いた時、1時間も遅れたから25%乗車料金を返還するから、欲しい人は請求書送ってね~。だって。日本なら即全額払い戻しだよ。ベルギーで。ステフは喜んでいたけどさ。)

日本の正確さが絶対いいとは思わない。そのせいで、何度も事故が起こったりしているしね。でも、やっぱり、日本の正確さはありがたい時が多いよね。

でも、ああ、またか、と思って平然としている人たちを見た時、カリカリしてしまう日本人よりはずっと生きやすいのかも?と思った。
慣れ、なんだろうけどね。

ベルギーの鉄道のことを笑ったジョークがある。

コンゴの大統領がベルギーに来た時、高いビルの窓から外を眺めていた。下に黄色いものがいくつか見えるので、「あれは何か?」と、そばの人に尋ねたらしい。で、ベルギー人が反対に尋ねた、「その黄色いものは、動いてますか?それとも、じっとしてますか?」意味がよくわからない大統領が不思議な顔をしていると、そのベルギー人は続けた「もし、その黄色いものが動いているなら、風に揺れる花でしょう。でも、もし、動いてないなら、ベルギー鉄道の職員でしょう。」

*ベルギー鉄道の保安検査などする職員は黄色い服を着ている。

ベルギー人は、お休みが好きらしい。特にワロン地方の人は。(フランス語圏の人)

あ、これベルギー人が作ったジョークだからね。念のため。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最近つくづく思うこと

最近つくづく思うのは、相手を知るには会話はとても大事なんだな、ということ。
よく外国の人とは文化の違いがあるから、色々と難しいとか言うけれど、確かに習慣の違いなんかはあると思う。だけども、その人を理解しようとしたときには、文化の違いというよりも、自分以外の人は、自分とは違う人、と思って接したほうがいいんじゃないかと思う。
同じ日本人同士でも、考え方の違いはあるし、男と女では、やっぱり違う。(面白いことに、男は子供、という考えは、世界共通みたい。笑。ハンガリーの友達が言っていた。)だからその人を個人で考えた時、この人のことは何も知らない、と思ったほうがいいんだろうな、と思う。

日本には、推して知るべし、とか、察する、という言葉がるけれど、それは時と場合によっては、とても必要なことだと思う。そして、それも日本人のよいところだとも思う。でも、人と付き合う場合、その言葉通りにやっちゃうと、とんでもない誤解が生じることがあると思う。

私もよくあることだけど、(特に恋愛の場合、笑。)言わなくてもわかってほしい、なーんて思う時がある。時々は言わなくてもわかってもらえて、うまく行くこともあるかもしれないけど、でも、そんなの無理!だから。相手の考えていることや、して欲しいことなんか、100%分かりっこないのだからね。お互い。テレパシーないし。
なのに、そういうことを今まで期待してきたことが多かったのよ、私、今考えてみれば、。それに、逆もある。自分はこんなにしているにわかってもらえない、なーんて思ったこともしばしば。だけど、相手にしてみたら、そんなの期待してないかもしれないし、的外れな気遣いかもしれないのに、心の中で、恩に着せていることもあった。アホだよね。

だけど、これって恋愛に限らず、誰かとと関係する場合は同じことが言えると思う。それがたとえ家族であってもね。

そう言えば、昔知り合いに台湾人の人がいて、帰化してその人は日本人として日本で生活していたけれど、家族は世界中にいて、その人のお葬式の時、弟さんは英語と日本語を少しだけ、叔母さんは、日本語と北京語、奥さんは、福建語だけ、という、親戚同士でも言葉が違って、通訳付きで話していたことがあったなあ。マカオの友達も、チャットで同時に英語、広東語、日本語で同時に会話したことがあるって言ってた。ああ、わけわからん!

日本人は、和を尊ぶし、そうあるべし、と教えられてきているから(最近は違うか・・・でも、世界的にみるとまだまだそういう傾向は強いと思う。)人も同じ考えをしていると思いがち。だけど、それは自分の考えを前面に押し出すことがあまりないからそう思うだけで、話してみると、いろんな考えをしている人は多いと思う。

最近は日本でも、自分の考えていることを発信する方法が(例えばこういったブログなんかね。)あるし、個人の考えを尊重する傾向にあるけど、会話というものは、キャッチボールの様なもの、相手がいて成り立つもの。
だから、相手の考えていることを聞く、ということが大事。(と、ちょーお喋りな私が言ってみる。笑。)

私の場合、英語がうまくないせいで、このことに気づかせてもらえた。
なんせ、普通に相手が英語を話したら、70%理解していたらいい方。だから、必然的に、その意味は何?とか、今何を言ったの?とか、聞くことが多くなる。だから、普通に日本語で話しているよりも聞き返すことが多くなるから、相手の言っていることをより頑張って聞くことになるのだ。あーそれでも、時々誤解が生じる。でも、それって、誤解だと気づくだけいいんじゃないかと、最近思う。誤解していることに気づかないままの人間関係も多いからね、きっと。

よく人は実際に会ってないとわからないというけれど、昔と違って今は言葉だじゃなくてスカイプやメッセンジャーなんかがあって、顔を見ながら話ができる時代。私の場合は、実際に会う前にとにかくよく話した。というか話すことしかできなかったわけだけど。だけど、この間、ステフとも話したけど、それがとてもよかったんだと思う。お互いの考えていること、悩み、生い立ち、好きな音楽、こういうことを言った時の相手の反応なんかもとてもよくわかったし、実際に会わないことによるお互いの誤解もあったけど、今までの会話のベースがあるから、その誤解ですらお互いを理解するのに役だったしね。

「彼は、私が何も言わなくても私のしてほしいことをしてくれるの。」なーーーーーーんて、幻想。だけど、ふだん無意識に思っていることは多いと思う。あ、彼に限らず、誰に対してもね。

文句も要求も小出しにね、いちいちと思っても、溜めずに言うこと、それに相手に聞く、ということも大事だと思う。こういうことって、知らないうちに溜まるもの。(お金ならいいけど。)

あと、感謝の言葉は、ほんとに口に出すというのは大事だと思う。ただ、ありがとう、と言うだけじゃなくてね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

28度なのに

日本全国暑い日が続いていると思いますが、今朝の名古屋の気温は、8時頃ですでに28度を超えていた。
なのに、涼しく感じるなんて、どういうことっ!!!!!まあ、確かに、35度に比べれば、7度も低いけどさっ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大掃除

最近早く眠れるせいか今日は朝から元気一発!で、大掃除!
普段掃除機の届かないベッドの下も掃除機をかけ、洗濯機も4回も回した。(あ、毎日洗ってますよ~。)

いらない洋服を捨てるぞ!と決意してから、1週間、やっと今日それにも、とりかかった。
まあ、引き出しを開けると出るわ、出るわ、来てない服。思い出があったり、誰彼さんにもらったとか、色々考えていては、捨てることはできない。捨てるかどうかは、ここ何年かこれなしで生きてこられたか?が基準。服にとどまらず、靴やベルト、もう何でもかんでも、これがなくても生きてこられたのだから(存在を忘れていたという意味ね。)捨ててしまえ!と、やっていたら、45Lのゴミ袋が三つもいっぱいになり、ついでに、不燃ごみ袋もふたつ・・・。

「あー、いらないものをこんなに抱えて生きてきたのね、私。」と思ってしまった。

裸になっても無くならないものにお金をかけよう!なあーんて思って生きてきた割には、裸になる暇がないぐらいいらない洋服があった・・・。アホですわ~。

で、思いだした話が、Stéfが、以前出会った中国人の青年。フランス語を一生懸命勉強していて、一日に必ず一つのセンテンスを覚えていたそうなんだけど、その人は毎日同じ服を着ていたそうな。夏だったこともあり、毎日洗っては、夜乾かして、そして朝また同じ服を着る、の、繰り返しだったみたい。で、そこで、ステちゃんは、思ったそう、「どれだけいらないもの、余分なものを持っているのか、自分は。」と。それから、使わないものは捨てて、それから余分なものは買わないようにしているらしい。
その一年後その青年は、ほぼ完ぺきにフランス語を話せるようになったそうな。

ああ、人の価値って、何なんだろうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暑いっ!けど、妄想は止められない?

なんだかんだと言いながら、毎回更新が遅れてます。
今度は暑さのせいにするか・・・

まあ、もちろん暑さのせいで頭が回らず、ブログを書く気にならないというのは本当。というぐらい暑いですね。
(と、無理やり同意を得ようとしてみる。笑。)

最近つくづく思うのは、妄想は現実になるんだということ。自分の今までの人生を振り返ってみると、ねーちゃん、どんだけ妄想しとんねん!というぐらい、あーでもないこーでもないと、妄想していた。このブログを以前から読んでいる方ならお気づきだとおもうけど。笑。

かれこれ、6年以上続いているバレエクラスを始めたの時(あ、これは妄想してなかったけど)、人生には、思いもかけないことが起こるものだと思ったことを覚えている。バレエストレッチとはいえ、35から始めたバレエなのに、私が先生?なーんて。
それからというもの、自分の人生には限りない可能性があるんだ、と思うようになった。
だから、妄想することも以前より楽しくなって、できるだけ、心のままに思うようにした、絶対そんなことありえない!なんて思わずに。

それに、その妄想が自分のやりたいことのモチベーションになるしね。

だってね、この仕事を始めた時は、スケジュール表が真っ黒になるのを妄想して、ひとりで、にやけてみたり、どたキャンがあった時は、そのうち、ああ、お休みをくれたんだ、ありがとう!と言えるようになっている自分を妄想してみたり、スクールを始めた時も、そのうち関東からでも生徒さんは来てくれるわ~、と、大風呂敷を広げてみたり、英語の勉強だって始めた時は、世界の友達のところに出掛けたりするかもよ~、なんて、アホなことばかり妄想してた。でも、これらすべてそれなりに本当になったからね、時間がかかったものあったけど。
で、最近はもしかすると、外国でリフレクソロジーしたりするかも?何ていう以前した妄想も実現不可能じゃなくなってきている。

いつだったか忘れたけど、友達と話していて、「マカオに行って(友達がマカオにいるからね。)カジノで大当たりして、お金持ちになって、家でも建ててるかもよ~。」と言ったら、「どうしてそんなにポジティブになれるの?」と、聞かれたことがあった。で、答えたのがこれ。
「だってね、妄想するのはただし、それに人に迷惑をかけるわけじゃない、で、もし、それが実現しなかったとしても損する人は誰もいない、それにもし、叶ったら、もうけものだもの。妄想しなきゃ損じゃない?」

ただし妄想する上で大事なことは、お気楽にするということ。笑顔でね。シリアスにならず、にやけながら、がポイント。

今年に入ってから、「水穂先生大ブレイク!」と、相も変わらず叫んでいたら、「毎年言ってますよね。」と、少し嘲笑気味に言われたけど、誰にも迷惑かけてないし、実現するのは明日かもしれない。誰も先のことはわからないのだから、それこそ、Who knows?
だから、暑さなんかに負けず、これからもおばちゃんは妄想しまくりまっせ!笑。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »