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こうあるべき

会社にお勤め、という仕事ではないからかもしれないけど、最近思うことは、こうあるべき、ということはない、ということ。
その年齢なら、こうあるべき、とか、女性なら、こうあるべき、とか、いろいろ。

確かに、年齢で制限されることもあるけれど(特に女性の場合は出産とか)、ほとんどのことは、自分が勝手に思い込んでいることや世間の声で、こうあるべきなんだ、と思っているだけのことだと思う。

ありがたいことに、この年齢になると、親戚の「結婚は?」という声もなくなり(爆)、勝手気ままに生きているのだけど、それでも、やはり思い込みがあって、こうあるべき、なんだろうなあ、と、ときどき落ち込んだりすることもある。
で、落ち込んだ時に思ったのだが、落ち込んでいる時もなんだか、ここでは落ち込むべき、とか思いこんでいるんじゃなかろうか?と。
お金のことや将来のことなんかをもっと心配するべき、とか、子供のころから「ちゃんと先のこと考えているの?」なんて、言われて育ったせいかもしれない。(←人のせいにしている?)

書いていてもようわからんが(すみません)ようは、勝手気ままに生きているつもりでも、潜在意識に中には強力な思い込みがあって、思い込んでいる枠から外れると不安になったり、落ち込んだりするんじゃなからろうか。

人生の中でこういう場面に遭遇したらこうあるべき、なんて思い込みがあって、それを自分で演じている(もしくは演じなければいけないと思い込んでいる)様な気がしたんだよね。
だから、この間もばかばかしくなって、今を楽しんで何が悪いのだろう、と勝手に開き直ってしまった。

純粋に感じる、喜びや悲しみや怒りなんかは味わう価値があると思うけど、思い込みから来る落ち込みなんかはできればいらない。
日々を楽しまなくちゃ。
「い~のち、みじぃ~かし~、恋せよ、乙女~♪」
だからね。(乙女じゃないけど・・・。)

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