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人の身体

解剖生理学を教えるようになって、足掛け4年。
教えるたびに自分でも思うのは、人の身体のすごさ。
その精密さや複雑さ、機能性などは驚愕に値する。
(字で表すには難しいが)
例えば、細胞が何らかの障害を受けると、その両脇の細胞がにゅーんと伸びて細胞分裂するまでの間その隙間をふさぐのだが(ほら、頑張れ!もっと手を伸ばすんだーーー!っていう、両脇の細胞の声が聞こえそうである)、自分の身体の内部のことにもかかわらず、あたかも自分とは別の生き物である細胞たちが、自分を必死に守ってくれているようで、愛しくなる。
(だったら、朝まで飲むなんてやめようね・・・・)

免疫におけるTリンパ球の2重シグナル(二つのシグナルがないと免疫応答しない様になっている)なんかも、最初から人は間違いを犯すもの、なんて前提にたって考えているようで、細胞に人格を感じてしまう。(この様子を想像する時、核爆弾を落とすスイッチを押すときに2本のかぎを同時に差し込んでいる場面が出てくる。あ、一人は某国大統領。笑。)

私という人間を60兆を超える細胞たちが共同して日々動かして、そして守ってくれているんだなと思うと、当たり前のことが実は当たり前ではなくて、指を少し動かすだけでも、どれだけの細胞が共同作業してくれているんだ?と、感動せずにはいられない。

ま、とか何とか言いながら普段はすっかり忘れているのだが、教えるたびに思い出す。

講座の中で教えることは、試験のためではなくて、こういった身体のことを理解するとリフレクソロジーはなぜ反射区全部を刺激する必要があるのか?とか、人の身体をトータルで考えることの必要性が分かるようになるため。

それと、自分の身体のことを知るということは、自分に対して自分が責任を持つ、ということにつながる。だって、意識しなくてもこれだけの細胞たちが頑張ってくれていると思うと少しは自分の身体を大事にしなくちゃ、と思うはずだから。

解剖生理学を学問としてとらえると難しいと感じるかもしれないけど、自分の身体の中で起こっていることを知る、と思えば、とても面白いものだと思う。
だってね、決して他人ごとではないのだから。

興味のある方は、ぜひ、勉強しに来てくださいね。
解剖生理学講座

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