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2010年1月

初体験

いくつになっても初めての経験というものはあるようで、昨日生まれて初めてチャットなるのもを経験した、それも英語で。

facebookには group (mixiでいうところのcommunity)というのがあって、reflexologyのgroupもある。(何かうれしかったなあ、欧米のものなので当たり前なんだけど)
そして掲示板のようなwallというのがあって、色々な人が書き込みをしている。

作成者がアメリカの人で日本でも彼の本が出ている。リフレクソロジー大図解 
wallを読んでいると、どこそこの病院ではreflexologyを取り入れたとか、こういうclientにはどうしたらいいのか、とか、興味深い内容の書き込みがある。
ああ、アメリカはさすがにreflexologyが生まれた国、読んでいてためになるし、自分のmotivationも上がる。

昨日も一生懸命に自動翻訳機のお世話になりながら読んでいたら、いきなり「ピコ」と、音がした。 なんぞ?と思ったら、そこのgroupでfriendになったcanada人の方からchatのお誘いが。
せっかくだからと思いつつも大丈夫か自分?の世界。
時間がある時に英作文するのはいいけれど、chatに対応するほどの英語力もなければ、englishのspellingなんてほとんど知らないぞーーー
いわゆるパニくり状態で、アドレナリンが身体中を駆け巡った。

最初は、趣味は?とか、そこは今何時とか、だったのだけど、少しreflexologyの話もして、どこの国でもreflexologyを広めるには、しっかりと教えることが必要だということになった。

自動翻訳機のお世話になりながらだったけど、chatが終わったあと、reflexologistとして、外国のreflexologistと話せたのがとっても嬉しくて、パニくった割には、私も頑張らなければ!という気持ちになった。

あーでも自分の英語力のなさにはへこむわ~。
でも、とりあえず毎日接してます。
このまま続ければ少しは何とか・・・・なるかな。

英語の絵文字を少しご紹介 横向きで見てね
: )    ; )    = D    ; P

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チャリティ

というほどのものではないんだけど、コンビニやスーパーで募金箱を見かけけると必ず募金する。
ちょっと(かなりか?)流行った本に(読んでないけど、笑。)お金に縁がほしいならお金を出すこととか何とか書いてあった(読んでないのに)様な気がする。そして募金箱を見かけたら必ず募金すること、とかなんとか。
で、ま、ぶっちゃけた話下心があってしているわけなんだけどね。
でも、自分の財布の中の本当に少しのお金だけど募金箱に入れるとスケベーな下心を忘れて、ちょっといい気分になる。
千円単位のお金なら無理だけど、ほんとに何円とか100円ぐらいなら気がつくとなくなっているお金、募金しても自分の生活には何も変化はないから。

そういえば何という映画か忘れたけど、天才ハッカーが作ったプログラムでアメリカ中の人の口座から1ドルだけ移し替えて巨額のお金を得るというのがあった。(結局は壊してしまうのだけど)
それと同じで、1円でも一億人の人が出せば一億円になるんだから、私のささやかなお金でもきっと少しは役に立つのだろうね。

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嬉しいこと

教える仕事をしていて嬉しいことは、生徒さんが上達すること。
それと、教え方がうまいとを褒めてくれること。

バレエは大人から始めたばかりの人(私がそうなんだから当たり前なんだけど)なのに、最近本当にバレエとしての立ち姿とかがきれいになった。
もちろん、今までできなかったこともできるようになってきて、ご本人たちも喜んでいる。
(昨日は50代の方がリンパドレナージュを受けに行って、年齢の割に張りのあるヒップですね、と言われたと喜んでいた。あーーー、先生もすっごく嬉しいぞーーー。)

リフレクソロジースクールでも、教え方が面白いと(ん?これって誉め言葉?)言っていただき、中学、高校もこういう教え方だったらよかったのに、とも、言われた。

勉強というものは、やはり暗記するっていうだけではつまらないし、そういうことよりも何故そうなのか?を学ぶほうが役に立つし、応用が利く。

バレエでも、このパは、ここの筋肉を鍛えるためだよ、とか、そこの筋肉を鍛えると、これからの人生に大いに役立つよ、とか、伝えたほうが、おとなの皆さんにはよいと思うしね。

勉強するにはやはり、モチベーションとか、方法とかが大事。
先日の話じゃないけど、ローリングのことでも、セレクチンがどうのこうのというより、「回ってはるわ~。」と、覚えてもらったほうが、だんぜんいい。
(本当なら自分が白血球になったつもりで、激流の中(血管内)必死に岩(血管壁)にしがみつきながら、目的地(修復すべき場所)に向かっているなら、どういう状況のほうが少しはよいかを考えれば、おのずと炎症の症状が分かるはず。川幅が広がり流れが緩やかになって(血管壁の拡張←発赤及び温感)、目的地に集合するのが楽になり、川から出ていける(血管外遊走←腫脹)。

まあ、最近は自分の英語に対するモチベーションあげるのに必死ですが・・・。
がんばります。

追記

facebookで、インドネシアの女子高生の女の子とfriendになり、messageのやり取りをしてるんだけど、とりあえず日常的にEnglishに触れることになるので、ありがたい。

でも、responseの速さはどこの国の女子高生でも一緒ですね。
携帯から即効で送ってくれます。
ちなみにhar fatherは、私とsame ageらしいです。
・・・・ルー語で頑張ってみました。
スペルの練習に。

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六十の手習いならぬ・・・

45の手習い。
今年はお正月そうそう英語漬け(それほどのもんではないが。笑。)だったので、思いきってFacebookに登録してみた。
昨日登録したらなんと早速ロンドンの(たぶん)アロマテラピストさんから、お友達リクエストがあった。一応自己紹介のところに日本語で、リフレクソロジストとは書いたけど、どうしてんだろう、と、思いつつ、これも何かのご縁と、リクエストを承認。ついでにまたつたない英作文をしてメッセージを送っておいた。(あ、英語は苦手です、と書くのも忘れずに)

ま、今はネットの自動翻訳機能があるし(と言ってもかなりいい加減)何とかなるでしょう。
英語ぺらっぺらっになるには、程遠いけど、少しは他の国の方とコミュニケーションがとれるようになれば世界が広がる。

何かを始めるのに遅いってことはないんだからね。

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後悔しても、やっぱり

時々、どうしてあんなことをしたのか?とか、あんなことを言ったのか?とか、後悔することがある(この間は日にち間違えたしなあ・・・)。
で、今朝眠っている間になんだかそういうことを考えていたらしく、過去のことをいろいろ思い出していたみたい。(なにせ、夢うつつで)
そして、思ったのが、後悔したことをもう一度やり直していたとしても、やっぱり同じことをするんだろうな、ということ。
その時の状況や、自分の感情、いろいろなことが合わさって、してしまったり、言ってしまったこと、それは後悔することでななくて、やはり必然なんだろうと。
そういえば、以前『タイムトラベル』という映画で、婚約者が馬車の事故で死んでしまって、それを助けるためにタイムマシンを発明したけど、何度助けても違う形で婚約者は死んでしまう、というのがあったけど、起こることは、やはり必然なんだろうね。

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ローリング

といっても、ローリング・ストーンズじゃなくて、炎症の際における白血球の動きのこと。
ベーシックコースでも、養成講座ほどではないけれど解剖生理学の講義をする。
反射区の臓器の働きなんかを理解するのも大事なことだから。
それと好転反応の理解をするには炎症のメカニズムもとっても大事。
炎症反応とは言葉を換えれば「防御と修復」であり、私たちの免疫が正しく働いているということ。炎症が起こらないと傷は治らない。

どこかに修復すべきところ(まあ、傷だと思ってください)ができると、まず白血球の一種の好中球がやってきて傷の近くの血管内皮にくっつく、そして血管内皮の透過性が亢進したら血管内皮から離れないようにして(血流で流されないようにするため)回りながら動いて移動して、血管外に出ていく。このことをローリングという。(または辺縁趨向)
そして、血管は拡張して血圧を下げ、流れを遅くする。そして本人にそのことを教えるために侵害受容器へ刺激を送り痛みを感じさせる。じゃないと、安静にしないから走ったりしてせっかく血圧下げて血流を遅くしているのに、血圧あがったら白血球が「あれ~」と流されてしまうから。(これが、炎症の4徴候、発赤、温感、腫脹、疼痛)

と、こういう話もするのだが、先日のベーシックの受講生さんは、大阪出身の方。
このローリングの話やその他いろいろ、人の身体の働きなんかを面白がってくださった。
そして、これからは傷を見ると「あ~、きっと、中でまわってはるわ~。」って、思うんでしょうね、と。
なんだかその大阪弁の響きがやさしい感じで、これからは、私も傷を見るたび「まわってはるわ~。」と、思いそう。

先日も書いたけど、人の身体って本当に素晴らしい。
60兆を超える細胞が日々休まず働いて私たちを生かしてくれているんだから、感謝しないとね。

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こうあるべき

会社にお勤め、という仕事ではないからかもしれないけど、最近思うことは、こうあるべき、ということはない、ということ。
その年齢なら、こうあるべき、とか、女性なら、こうあるべき、とか、いろいろ。

確かに、年齢で制限されることもあるけれど(特に女性の場合は出産とか)、ほとんどのことは、自分が勝手に思い込んでいることや世間の声で、こうあるべきなんだ、と思っているだけのことだと思う。

ありがたいことに、この年齢になると、親戚の「結婚は?」という声もなくなり(爆)、勝手気ままに生きているのだけど、それでも、やはり思い込みがあって、こうあるべき、なんだろうなあ、と、ときどき落ち込んだりすることもある。
で、落ち込んだ時に思ったのだが、落ち込んでいる時もなんだか、ここでは落ち込むべき、とか思いこんでいるんじゃなかろうか?と。
お金のことや将来のことなんかをもっと心配するべき、とか、子供のころから「ちゃんと先のこと考えているの?」なんて、言われて育ったせいかもしれない。(←人のせいにしている?)

書いていてもようわからんが(すみません)ようは、勝手気ままに生きているつもりでも、潜在意識に中には強力な思い込みがあって、思い込んでいる枠から外れると不安になったり、落ち込んだりするんじゃなからろうか。

人生の中でこういう場面に遭遇したらこうあるべき、なんて思い込みがあって、それを自分で演じている(もしくは演じなければいけないと思い込んでいる)様な気がしたんだよね。
だから、この間もばかばかしくなって、今を楽しんで何が悪いのだろう、と勝手に開き直ってしまった。

純粋に感じる、喜びや悲しみや怒りなんかは味わう価値があると思うけど、思い込みから来る落ち込みなんかはできればいらない。
日々を楽しまなくちゃ。
「い~のち、みじぃ~かし~、恋せよ、乙女~♪」
だからね。(乙女じゃないけど・・・。)

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人の身体

解剖生理学を教えるようになって、足掛け4年。
教えるたびに自分でも思うのは、人の身体のすごさ。
その精密さや複雑さ、機能性などは驚愕に値する。
(字で表すには難しいが)
例えば、細胞が何らかの障害を受けると、その両脇の細胞がにゅーんと伸びて細胞分裂するまでの間その隙間をふさぐのだが(ほら、頑張れ!もっと手を伸ばすんだーーー!っていう、両脇の細胞の声が聞こえそうである)、自分の身体の内部のことにもかかわらず、あたかも自分とは別の生き物である細胞たちが、自分を必死に守ってくれているようで、愛しくなる。
(だったら、朝まで飲むなんてやめようね・・・・)

免疫におけるTリンパ球の2重シグナル(二つのシグナルがないと免疫応答しない様になっている)なんかも、最初から人は間違いを犯すもの、なんて前提にたって考えているようで、細胞に人格を感じてしまう。(この様子を想像する時、核爆弾を落とすスイッチを押すときに2本のかぎを同時に差し込んでいる場面が出てくる。あ、一人は某国大統領。笑。)

私という人間を60兆を超える細胞たちが共同して日々動かして、そして守ってくれているんだなと思うと、当たり前のことが実は当たり前ではなくて、指を少し動かすだけでも、どれだけの細胞が共同作業してくれているんだ?と、感動せずにはいられない。

ま、とか何とか言いながら普段はすっかり忘れているのだが、教えるたびに思い出す。

講座の中で教えることは、試験のためではなくて、こういった身体のことを理解するとリフレクソロジーはなぜ反射区全部を刺激する必要があるのか?とか、人の身体をトータルで考えることの必要性が分かるようになるため。

それと、自分の身体のことを知るということは、自分に対して自分が責任を持つ、ということにつながる。だって、意識しなくてもこれだけの細胞たちが頑張ってくれていると思うと少しは自分の身体を大事にしなくちゃ、と思うはずだから。

解剖生理学を学問としてとらえると難しいと感じるかもしれないけど、自分の身体の中で起こっていることを知る、と思えば、とても面白いものだと思う。
だってね、決して他人ごとではないのだから。

興味のある方は、ぜひ、勉強しに来てくださいね。
解剖生理学講座

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だいじょ~ぶ♪

先日出会ったニュージーランド人の人は、何かあると「だいじょ~ぶ♪」
話が通じているのか?と思って、聞いても「だいじょ~ぶ♪」
とにかく、「だいじょ~ぶ♪」
その時は、ほんとに大丈夫か?と、色々思っていたけど、ここのところ何かあると彼の口癖をまねて「だいじょ~ぶ♪」と言っている自分がいる。
すると、不思議なことに全てのことが大丈夫と思えてくる。
天使は、色々なところにいるようで。
神様に感謝です。

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poor english

カウントダウン・パーティーでは、酔っ払った勢いで、ホリデーで名古屋を訪れている外国の方とおしゃべり。
片言の日本語が分かる人とはいえ、私の英語もかなり怪しいのだが、それはやはり同じ人間同士、成せばなるで、けっこうな時間話をしていた。
そのけなげ(必死?)な私に感動(してないと思うが)したのか、もう少しお話をしませんかとメールを頂いたので、これも何かのご縁と出かけて行ったのだが・・・。

酔っ払っていないとテキトー英語が出てこない。出てこない、というのもあるのだけど、やはり間違っていたら恥ずかしい、という思いが先だって、頭の中で文法がグルグルする。
あれだけテキトー英語を話しまくっていたのだから(話すというより、単語並べて、O.K.?の世界だけど)何を今更だとは思うのだけどね。

まあ、それはお酒が少々入りだすと、またどうでもよくなって、テキトー英語のオンパレードになったのだが、そこで、ふと思った。
もし、相手があまり得意ではないのに、頑張って日本語で話をしてくれたら、私はどう思うか?「下手な日本語使いやがって、馬鹿じゃねーの。」なんてことは死んでも思わない。
それより何より、話をしたいと思ってくれるんだ、うれしいな、という思いのほうが勝ると思うし、こちらも知っている相手の母国語を駆使して話をしようすると思う。

今年は更に人の目を気にせず、自分の心のままに、と書いたけど、早速そういう機会に恵まれ、ニュージーランド人のお友達もできた。
よい年になりそうです。

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明けましておめでとうございます。

皆さま、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますね。

実は年末に年越しパーティーに出かけ、自分の年を忘れ朝まで飲んでしまうという快挙?というか、無謀なことをしてしまい、昨日は死んだようになっておりました。
久しぶりに酔っ払い状態にもなり(そもそもそういう風になってしまったので、そんな無謀な結果になったのだけど)人様に多大なご迷惑をおかけしたのではないかと、ハラハラしながらの一日でした。
(今年一年の始まりが酔っ払い状態なんて、これでいいのか?なんて思ったけど、ま、楽しかったから、いいかっ。と、勝手に納得しているけど。)

毎年思うことだけど、今年は自分に正直に生きよう、と。
人の目を気にせず、その行動が不安や怒りからきているのでなければ、心のままに生きること。
お陰様で毎年(自分では)少しずつそうなってきているような気がするのだが、世間から見たら確実にオバサン化しているだけかもしれない。(笑)
ま、でもそれはそれ、それこそ人の目を気にしている証拠なんだろうね。

とかなんとか、また今年も勝手に色々と書きなぐると思いますが、呆れながらもお付き合いくださいね。

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