悟りを開いたわけじゃないけれど
この歳になって(最近歳のことばかり書いているようだけど、まあ、歳を取るのもええもんでっせー。)思うことがある。
それは、人ってそれほど悪意のある生き物ではないんじゃないかということ。
中には悪意満点で生きている人もいるかもしれないけれど、ほとんどの人は、その時をその人なりに精いっぱい生きているだけなんじゃないのかなと思う。
傍から見れば、いじわるな人でも、その人にとっては今そうしなければいけない何かを抱えているのかもしれないのかな、と。(まあ、できればそう人は避けたいが)
人にいじわるをして「ふふふっ」なんて思う人はそれほど多くはないんじゃないかと思うのだ、きっと。
子供の頃自分の親が理解不能だった。(はっきり言うと不満だった)
なぜ、親なのに、そうするか~?とか、どうして親なのにそんなことを言うのだろう?とか。
でも今自分がその頃の親の歳になって思うのは、やっぱり彼らなりにその時の自分の人生を一生懸命生きていたんだろうなあ。
親であっても自分のことで精いっぱいで心に余裕がなかったとか、親としてどうすればいいかよくわからなかったとか、いろいろあったんだろうな、と。
誰しも完璧にその場その場で自分の役割を演じることはできないと思う。
とてもよい人がいて、そういうことができる人もあるかもしれないけどね。
それだって、相手が受け入れてくれて初めて言えるものだし。
私の場合、親としてはいかがなもん?な親元に生まれたけれど(親が見たら泣くな~)お陰様で生き方だけはさらけ出してくれていたので今更だけど、それなりに頑張って苦しんでいたんだなー、なんて、今はのん気に思える。
子供から見れば、親だけど、親にしてみれば、親であるだけが人生じゃないんだもんね。
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