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2008年3月

不安と友達?

何の保証もない仕事をしていると、不安というお友達がもれなくついてくる。(ああ、ましてや、家賃を払ってくれるお金持ちの親もなく、だんなもいない私としては・・・・・)

だけどこの不安というもの自体、とっても不安定なもの。

根拠もなく、また、実体もない。

まさに、私の心ひとつが創りだすものなのだが。

もれなくついてくる、とは言ったものの、お友達なのでやっぱり親しくしたほうがいい。

お友達の今、を想像し、今、どうしてあげればよいか、どう対処すればより深く親しくなれるか、目をそらさずきちんと向き合ってみると意外と相手の事を知らない。

「相手は自分を写す鏡」

と言うけれど、不安も自分を写す鏡のようなもの。

いろいろと教えてくれのだ、こちらが親愛の情を示せば。

そして、おかしなことに仲がよくなればよくなるほど、お互いの距離が遠くなり、疎遠になっていく。

でも、何か教えたいことがあるときは、また、舞い戻っていろいろとヒントをくれる。

不安も友達としてなかなか捨てたものではない。

全ては、こちらの出方次第。

だれでも、つれなくされれば、ちょっとした意地悪のひとつでもしてやろうかという気になったとしてもしょうがない、というものだ。

もれなくついてくるなら、やっぱり仲良しのほうがいいに決まっている。

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春ですね♪

「サボテンを枯らした女」との異名(?)を持つ私がこんなことを書くようになるとは誰も想像できなかったと思うが(本人が一番驚いている)、玄関先のブラックベリーの新芽やぶどうの新芽を見るたびに「春が来たな~」と感じる。

080327_093902特にぶどうの新芽はピンク色(赤なので)で、枯れたようになっていた幹からプチプチと出ている姿は、桃の花のよう。

冬の間枯れたようになっている木から新芽が出ているのを見ると、毎年元気が出てくる。

木が生きている限り、死んだようなあんな硬い幹からも柔らかな新芽が春になると必ず出てくるから。

仕事がうまくいかないときなんか、もうだめか~、と思っていても、そのことを思い出すと「私はまだ死んだわけじゃない。」と自分の可能性をまた、信じる気になるのだ。

昔サボテンを枯らしたときは、自分のことで精一杯で、人のことやら(まして、植物など)気にしていられる状態じゃなかったんだと思う。

自分の暗い気持ちが植木にまで伝わり、元気を奪う。

でも、今はありがたいことに逆に元気がないときは、意識して植物と接する。

元気にもなるし、なぜか考えが変わる。(いい気分になるということね。)

根のあるもののエネルギーをもらうのか、どっしりとした気分にもなる。

気分がどっしりとすると、天からの声も聞きやすいようで、いい案が浮かんだりするしね。

今日も朝からぶどうやらブラックベリーやらに、元気とアイデアをもらって、いい気分のお休みを満喫中なのだ。

元気がない人は、何か種をまくといいかも。

おうちに帰るのが楽しみになること請け合い、だから。

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探偵とリフレクソロジスト意外な共通点

きっと、高倉健さんや菅原文太さんなどの映画を見た後は、肩で風を切ってしまうタイプのなので(見たこと無いけど)映画や小説などには感化されやすい私。

イギリスを舞台にした小説などを読んだ後は、自分の家にも、執事がいるような気分になり、アメリカなら自宅庭にプールがあったりする。(妄想ね、まるきり)

ここのところ熱やら胃腸風邪を引いていたとはいえ、重症ではなかったので眠っている間間に本を読んでいた。

買いに行くことはもちろんできないので、乏しい書庫(実は単なる本棚。すでに妄想の域)から、以前読んだ本を埃を払いながら読んでいたのだ。

記憶力がめっぽう悪いのか、それとも人としての記憶力の限界なのかはわからないけれど、20年ほど前に読んだ本は、初めて読む気がするぐらい覚えてなかった。(それにしても文庫本なのに、よくとってあったわい。)

と、前書きが長くなったけれど、それをきっかけにその作家のシリーズ物をまた、読み始めている。(読まなくなったその後もそれは続いていたみたい)

どういうきっかけで読み始めたのかは忘れたけれど、女性の探偵物。

シカゴが舞台。知っている人もいる?サラ・パレツキーの「V.I.ウォーシャースキー」シリーズ。第一弾がこれサマータイムブルース(でも、これは我が家にはすでになかった)

(ネーミングがイマイチなのは否めないのだが・・・。)

20年前に読んだときは、「いいな、好きな時間に仕事して(でもとってもハード)、メリハリのある生活で~、まあ、それにしてもあっちは探偵・・・」なぁーんて、たんに人事、小説の中、と、思っていたのだけれど、20年後はなんと、驚いたことに自分も同じような境遇にいる。

考え方も今の自分とは結構ダブる。

主人公ヴィクが吐き出す台詞に20年後の今は共感することが多いし、励まされる(それもリアルに)ことが多い。

特に独り言なんかはね。(わかるわ~なんて。)

なので、最近の私はプラス思考のシカゴの探偵になっている時がある。(あ、もちろん、心の中だけね)

レイモンド・チャンドラーは、フィリップ・マーロウに

「男はタフでなくては生きていけない。やさしくなくては生きていく資格が無い。」

と言わせたけれど、

アメリカであろうが日本であろうが、探偵もリフレクソロジストも

「(個人事業主は)めげていては生きていけない。暇な時間を楽しめなくては、やっていけない。」

のである。(私作)

1991年にキャサリン・ターナーがヴィク役で映画にもなってます。

お暇ならごらんあれ。

あ、でも原作がいいかも。

元気が出ます。

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筋肉痛(でも、ちょっぴり宣伝.アロマ編)

昨日、セラピールームをセミナールームとして使うときに照明が暗いので、ホームセンターまで照明器具を買いに行った。

ロハスな生き方というわけではないけれど、街中に住んでいるものは自転車が一番便利。

だけどこういうとき、困る。

荷物が運べない。

仕方ないので、片手運転。(おまわりさんに見つからないように)

自宅からホームセンターまでは比較的近いのと平坦な道なのでよいのだが、栄までが、しんどい。

登り坂、人通り、工事中、私の行く手を阻むものは数知れず。

昨日なんて、もう少しでバックしてきた車に轢かれそうになってしまった。(おら、どこ見てんだ!の心境である。)

なんとか無事にたどり着き、荷物を持っていた左手を開放すると、ホッとした。

明日あさっての筋肉痛が怖い。

まあ、明るくなった部屋を見ると、たいしたことでもないのに変な達成感がわいてきて、悪くない気分。

人間単純なのだ。

去年から、ぼつぼつとSeed leaf石田さんが、初心者向けアロマ講座を開いているので、セミナー用の部屋がもうひとつ必要になったのけど、これで、大丈夫。

人事ながら何かを始めるときの準備は心ときめくもの。

昨日も照明を付け替えただけなのに、ひとり感慨にふけってしまった。(相変わらず大げさですが)

左腕の筋肉痛も少しは脂肪を撃退出来たかと思うと、痛みは半減するものだ。

ということで、4月5日19日26日(各日土曜日)10:00~12:00まで、入門から講座Ⅰ、Ⅱがあります。

アロマには興味があり、使ってみたいけど、初心者なりの知識も欲しい、という方、簡単なクラフト作りもあるようです。

4人定員の少人数制で、6000円(教材、基材費こみ)です。

私の筋肉痛に報いるため(?)にも、ぜひぜひ参加してくださいね。

申し込みは、開催日の1週間前までです。

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仕事の楽しさ

土日とベーシックの講習だったのだが、例のごとく、終わる頃には声がかれ、心地良い疲労感にぐったり。

リング上のボクサーではないけれど、燃え尽きたーーという感じ。(脂肪だけが燃え尽きてくれればいいいのだが。むなしい願望。)

最近は企画書を書いたり、経歴書を書いたり、私にとっては精神衛生上あまり好ましくないことばかりしていたので、精神的に疲れてしまうことが多かった。(あ、だから2度も霍乱があったのか・・・。ひとりで納得。今更だけど・・・。)

まあ、でもがんばったおかげでその企画書も経歴書も無駄にならず、新しい仕事も頂くことが出来たので、めでたし、めでたし。

最初は苦手なことにチャレンジするのはしんどいけれど、チャレンジしてみると、意外と楽しい事が多い。

自分の知らない一面を知ることが出来たり、新たな出会いがあったり、今の自分有益なものを得るきっかけになったり。

まあ、それが仕事の楽しさなんだろう。

おかげさまで好きなことを仕事にしているし、仕事がどんどん好きにもなってくる。

しんどいけれども、楽しい。

そんな仕事に出会えて幸せ。

でも、今週もパソコンがお友達になる予定。

ああ、春なのに・・・。

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鬼の霍乱2

今週は、しょっぱなから、お通夜とか、があったからかもしれない、打ち合わせや予約がタイトに入っていたからかもしれない、本を遅くまで読んでたこともある、なのに、ここ10年ほどほとんど熱なども出さなかったのに、先回に引き続き2度目の霍乱。

最近はやり(?)の胃腸風邪にかかってしまった。

お休みの日だったのでよかったけど。

花粉のせいか、黄砂のせいか、顔に少しアレルギーが出たので、ひどくなる前に、とお昼前に皮膚科に出かけた。

季節柄か待合室には患者さんがたくさんいる。(狭いところなんだけれど)

そして、なぜか、プワゾンの香りがぼわぁーん。

お願いだから皮膚科だろうが、なんだろうが、医者のところにキツイ香りはやめてくれー。(あ、どこでもね。)

その香りにやられたのか、だんだん気分が悪くなってきた。

あげくに、そばに座っていたおば様たちが久しぶりに会ったらしく、会話を始めたのだけれど、その内容が、だれそれが死んだ、という話。

(やっぱり皮膚科でも、病院で人が亡くなった話はやめてくれ。)

家に帰ってからもむかむかが治まらない、その香りのせいかと(匂いというべきか)思っていたけど、どうやら違う。

しばらくすると、頭が痛い。

あ、また発熱ね。

そして、お休みの一日は消えていった・・・。

最近なんだか、お休みが欲しいよー、という状態になると熱が出る。

きっと、大手を振って(?)一日寝ている言い訳が欲しいのかもしれない。

そして、ちょっぴり人に心配してもらえる心地良さ。が、欲しいかも。

それに、最近なんだかんだといって、眠る時間が遅い。

やっぱり、成長ホルモン足らなかったのね。

いい訳なしに一日眠ることを自分に許すこと。

それと、11時就寝。

これからの課題です。

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お別れ

昨日、大検(今は高認?)大学と同じだった友達のお通夜にいってきた。

まだ、50歳前だというのに・・・・。

お通夜やお葬式は、苦手。(得意な人はいないと思うが)

できれば、出たくないというのが本音。

普段それほど会うことのない友人なら、いつまでも生きていると思うことが出来る。

お通夜やお葬式は、残されたもののためにあるのだろうね。

お別れの確認。

でも、時々死んでしまってからのほうが、身近にいつも感じる、ことがある。

千の風ではないけれど。

生きているときには言えなかった言葉なんかが、すらすらと出てくるときがある。

特に父には。

寂しさには変わりないんだけどね。

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突き指事件(人体実験続き)

先日のブログで人体実験の話を書こうと思いながら、途中からお涙頂戴(?)の話になってしまったので、改めて。

母の模様替え兼掃除を手伝った日、玄関のドアを拭いていたところいきなり

「ぐぎっ」(ごぎっ?)

と、かなりの音がしたとたん薬指に激痛が!

だーー、突き指じゃ!

痛みよりも頭の中はその後の指の状態を予想して大混乱。

第2、第3関節が、ぶおーーーと、腫れてくるに違いない。(妄想)

明日起きたときは、きっと、手の平を握れなくなっているに違いない。(これまた、妄想)

と、最悪の予想をしている間にも、指の痛みは徐々に強くなってくるし、中手骨の辺りまで痛み出した。

ズンズン、ズンズン、もう、ジャズのベースの響きである。

ああ、ヘッドマッサージの予約は入れられない。

もしかすると、リフレクソロジーも危ないかも?

と、頭の中では、妄想はさらに悪い方向へ。

ええい、指を痛めるのも何か理由があるはずだから、きっと、いいことの前触れよ。

なあーんて、思ってみても、痛いし、大して効果なし。

心配した割には、その後、腫れはしなかったが、痛みは強くなってくる。

ちょっと、気分が落ち着いたところで、あまりにも仕事のことが心配になり、空中で(空気ギターならぬ)空気トリートメントを行ってみると、どうやら、リフレクソロジーは、大丈夫なのようで、ほっと、胸を撫で下ろす。

本当は炎症の急性期はリフレクソロジーは禁忌なのだが(炎症を強めてしまう場合があって、痛みが強くなったりする。)少しでも早い回復を願って(自分の身体だし)ハンドトリートメントを行い(部分的にね)夜は足にも行った。

おお!するとどうであろう、少しは腫れが強くなっていはいたけれど、痛みは薄らいでいたし、ヘッドはともかく、リフレクソロジーにはぜんぜん影響がないぐらいに手を握れる。

その後も毎日セルフを行い、昨日には、腫れも治まり、よほど強く力をかけないかぎり痛みも感じない。

リフレクソロジーのおかげか、思ったより突き指がひどくなかったのかは、わからないけれど、仕事には何一つ影響がなくてよかった。

そういえば、ベイリーの初日の日、東京へ向かう前に家の玄関の階段の踊り場から見事に滑り落ちてひじを強打、東京に着いてからは、ご飯を食べるのにも困るほど腫れあがったことがあった。

ましてやトリートメントの実技なんてできっこなかったのだが、人数の関係でモデルはやることに。(今思えば、禁忌なんだけどね。)

するとどうでしょ、2日目の午後には腕もすっかり動くようになって、実技も行えるようになったのだ。

炎症自体が防御と修復なので、トリートメントによって炎症が強くなるということは、治癒を早めているということもいえるけど、それにしてもこの回復力。

リフレクソロジー効果なのかしらん。

でも、やっぱり、炎症の急性期は「禁忌」です。

人体実験はいいけれど(あ、自分にね)人さまにはお薦めできません。

くれぐれもお気をつけください。

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人体実験

土曜日に、母が模様替えをしたいというので、お昼ご飯をエサに、釣られた。(だって、おなかぺこぺこだったから。)

ベッドの位置を変えたいというのだけれど、このベッドがまた、ダブルスプリングのセミベッド。

それをダイニングをつっきった部屋に移動させたいというのだから、さあ、大変。

とりあえず、二人がかりで、と思ったが、思ったよりは軽いし、母が行くところ行くところ邪魔な位置。

「だーーー、ひとりでやるからいい!」

と、宣言し、おっちら、こっちらと移動。

ベッドを動かすということは、他のものもずいぶんと動かすことになる。

動かすと、ついでに掃除ということにもなる。

なんだかんだと、終わったのが2時間後。

ずいぶんとすっきりとして、落ち着いた部屋になったから、よかったんだけどね。

それにしても、掃除苦手な私が、母に向かって(母は掃除好き)、玄関もきれいにしなさい、とか、洗面所もきれいにね、なんて、以前なら考えられなかったことを言っている。

母ももう70歳

喫茶店の仕事をして、自分の身の回りのことをするとかなりの重労働。

掃除にまわるエネルギーは残っていないよね。前のようには。

最近おばあちゃんのところで一緒にご飯を食べる回数も増えているけれど、これからは家のほうにも時々行ってやらなければ。

と、殊勝気なことを言いながら、帰りにちゃっかりと、カシミヤ100%の毛布を頂いてくる、親不孝なのか親孝行なのか、わからない娘なのであった。

(お昼ご飯はとっくに消化)

あ、タイトルからかなり離れた!

次回に書きます。

突き指のお話でーす。

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前回続き

ながーいお昼寝が終わって(うそです)続きを。

最近自分を幸せにする、と、息巻いておりましたが(?)、息巻く時点で、幸せは遠いところにいってしまうわけで。

なんだか、くたびれモードに入っておりました。

しばらく遅い日が続いたので、今日は時間があるから、お昼寝しようとか、思っていても、「いーや、やることはいっぱいあるのよ!寝てていいのか!」とか、心のどこかに、お昼寝に対する自分の後ろめたさがあって、(と言いながら、しっかり寝るのですが・・・)心の中で、いつもいい訳。

これじゃ、せっかくのお昼寝も、幸せモードというより、ただのおばさんお疲れモード。

肩に力が入っていて、何が幸せじゃ!状態でした。

そんなある日、最近友情を復活させたソファと変わらぬ愛を確かめ合っているとき、ふと、思った。(あ、ソファで、ボォーっとです。)

私って、自分に許していないんだ、って。

私にとって、とても気持ちよいことが起こることや、仕事がスムーズにいくことや、お昼寝すること(そればっかり・・・)。

これからの自分に起こる、自分が望む将来や、幸せな時間を過ごすこと。

これこれをしたから、お昼寝しても許すわよ~。

なんて。

自分を許す、と言いながら、許し、受け入れていなかったから、自分に許すことが出来なかったんだ。

そう思ったら、これから起こること、これからすること、を自分に許すことのほうが、気分が楽チン、だということにも気がついた。

何かをしてから、許すとか、受け入れるより、すでにそういう自分を受け入れて始めるほうが、後になって、あーだ、こーだ、言うこともきっと減るだろうから。

それに、これからの自分に、望む人生を与えることを自分に許すことのほうが、可能性が広がって、楽しい。

少しの言葉の違いだけれど、私の中では、かなりの進歩です。

でも、本当は、許すも何もないんだろうけどね。

お金も仕事も恋もカモーーーンです。(笑)

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