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神との対話ならぬ、自分との対話

時々人に対してイライラしたり、誰彼となく、人のあらが見えるとき、たいてい自分の中に余裕のないときか、不満があるとき。

自分の中に余裕のなさや、不満を見るよりも、人の中に見るほうが、手っ取り早いからだと思うのだけれど。

でも、それだとちっともいい気分になれないので、そういう時は、自分との対話が始まる。

「水穂ちゃんどうしたの?」

「何が不満なの?」

「何したいの?」

「そうなの、そうなんだ、それならこうすれば~。」

「そんなの誰だってそうだよ~」

と、人が聞いたら、頭がおかしくなったと思うに違いない。(一人暮らしは、独り言が多くなる。だから、こういった会話を一人で声に出してしているわけ。笑。)

でも、これが結構よく効くのだ。

ポイントは、自分をあくまでも自分の友達だと思い込むこと。

難しかったら、今自分の大事な友達がそうなら、どうする?っていうことを思い浮かべながらすること。

この方法のよいところは、人に向かっている怒りでも実は自分の中にある問題だということがわかってくること。それと、なぁんだ、そんなことを気にしてたんだ、と意外とどうでもいいことにこだわっていたり、自分の中の思い込みやとらわれている問題にも気がつくこと。

それになんといっても、このイライラ感は自分の問題だと気がつくことだと思う。

自分の問題なら、自分で解決できるしね。

よく悩み事を人に相談していて、話を聞いてもらっているうちに自分で解決方法がわかってくるような感じかな。

ただし、喫茶店などではやらないように。(笑)

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