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2007年7月

がーーーーん。

昨日のテレビ、一番嫌いな角度で映ってた・・・・。わき腹の肉も・・・。

出っ歯もよくわかるし、口とんがらがせてるし、顔中のいろんなものが映っている。はあ~。

でも、姉に言わせると「誰もそんなところ見てないから大丈夫!それに、そのまんま、映ってたよ。」

そうなんだよね、自分が気にしているから、そこに目がいくだけ。人はそんなに気にしちゃいない。それに、人から見るとあんな感じなんだろう。自分を自分で見るときは、意識しているから顔とか作っちゃうもんね。

だいじょうーーーぶ!あれが、自分なんだから、なんでも、だいじょうーーぶ。

でも、スタジオの様子はとってもいい感じに映っていて、私もカメラを意識していなかったから(1時間撮ってたから、意識していたのは最初だけ)皆さんも、私も自然体で楽しそうだった。

それが、ありがたいかったし、嬉しかった。

それにしても、今回のことは、自分を客観的に見るということでも勉強になった。

話し方のスピードが、緊張していたとはいえ、速すぎる。

言葉が多いだけで、大事なことがぼやける。

今後、スクールでも活かしていこう。

↓ここに、昨日の番組のHPがあります。

http://www.tokai-tv.com/iikoto_wk/20070730_iikoto_5126.php3

見てみてね。

でも、身体が硬かったというのは、ちょっとうそ。普通の人より身体は柔らかかったです。

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辛くて、笑える思い出

何故か、今朝思い出したこと。

大昔、当時婚約していた彼とけんかをしていたときのこと(決して仲がいいからけんかする、というレベルではないけんか)

もうぐちゃぐちゃのけんかで、(私だってそういう時もあったのだ。しみじみ・・・笑。)何がどうなっているのかもわからなぐらいだったのだが、

「俺にどうして欲しいか、言ってみそっ!!!」

私は、一瞬凍りついた。凄まじいけんかの中にあっても。

だって、その当時の味付け済みのお味噌のコマーシャル「つけて味噌!かけて味噌!」じゃん。それって。

言った本人も一瞬凍りついたようになったけど、そのままけんかは続行。かわいいけんかなら、そこで、笑って仲直り、なんだろうけれど、当時の私は、逆に「お前真剣に、けんかしろよーーーー!」ぐらいの精神状態だったのだ。

今になって思えば、きっと神様か天使がユーモアで救ってくれようとしたんだろうけれどね。そんな余裕がなくて残念。

でも、今はその時のことを思い出すと、どうしても笑ってしまう。

けんかの内容は忘れたけれど(けんかばかりしていたからかも知れないけどね)そのことは、忘れない。
何回思い出しても笑える。

あの当時の思い出はとても辛いことばかりだけれど(でも、今の私があるのは、そのおかげ)その辛さよりも、その時の「言ってみそっ!」のほうが、強烈に心に残っている。

神様や天使の思惑はかなり遅れて成功したみたい。

笑える思い出に感謝です。

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クッキーの香りって

昨日部屋にいたら急にクッキーの香りが漂ってきて、いい気分。(実はクッキーの焼き上がりの香りが好き)

でも、私のところで焼いているわけでもなく、ご近所で焼いていたとしてもこれほど強い香りはしないはず・・・。(ステラおばさんのクッキーという店があったけれど、そこの前を通るときのような香り。)

うーーーん、前に天使が現れるときは、クッキーの香りがすると聞いたことがあるような、ないような。

もしかすると、そのとき天使がいたのかもしれない。(天使の似合わない部屋だけど)

いてもいなくても、とってもいい香りだったので、いいんだけどね。

そういえば、最近(去年もだったけど)部屋に(おばあちゃんのところでも)よく蜂が入ってくる。

あの独特の羽音がどこからともなく聞こえてきて、よく見ると蜂が部屋を飛んでいる。

お花があるわけでもないのだけれど。

夢に出てきた天使も蜂のような羽だった。

どうやら最近は、知らないうちに天使の訪問を受けているようです。

天使のメッセージはなにかしら?

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神との対話ならぬ、自分との対話

時々人に対してイライラしたり、誰彼となく、人のあらが見えるとき、たいてい自分の中に余裕のないときか、不満があるとき。

自分の中に余裕のなさや、不満を見るよりも、人の中に見るほうが、手っ取り早いからだと思うのだけれど。

でも、それだとちっともいい気分になれないので、そういう時は、自分との対話が始まる。

「水穂ちゃんどうしたの?」

「何が不満なの?」

「何したいの?」

「そうなの、そうなんだ、それならこうすれば~。」

「そんなの誰だってそうだよ~」

と、人が聞いたら、頭がおかしくなったと思うに違いない。(一人暮らしは、独り言が多くなる。だから、こういった会話を一人で声に出してしているわけ。笑。)

でも、これが結構よく効くのだ。

ポイントは、自分をあくまでも自分の友達だと思い込むこと。

難しかったら、今自分の大事な友達がそうなら、どうする?っていうことを思い浮かべながらすること。

この方法のよいところは、人に向かっている怒りでも実は自分の中にある問題だということがわかってくること。それと、なぁんだ、そんなことを気にしてたんだ、と意外とどうでもいいことにこだわっていたり、自分の中の思い込みやとらわれている問題にも気がつくこと。

それになんといっても、このイライラ感は自分の問題だと気がつくことだと思う。

自分の問題なら、自分で解決できるしね。

よく悩み事を人に相談していて、話を聞いてもらっているうちに自分で解決方法がわかってくるような感じかな。

ただし、喫茶店などではやらないように。(笑)

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リフレクソロジー2DAY

今日は、ホームケアの2DAYの初日。

ワンデイよりもお子さんのいる方には受けやすいと思って、新しくコースを作ったのだけれど、これがいい感じ。

教えるほうも、初日は、座学、2日目が実技となっているので、気分的にゆったりしている。実技の予習もしてきてもらえるしね。

リフレクソロジーは家庭で行う補完療法としてはとても手軽で安全なので、たくさんの人に覚えてもらいたいな、と思っている。

ま、それには、教えるほうも工夫が必要。

ということで、同じくホームケアのコースとして、お仕事帰りに4DAYというのも始めてみたので、興味のある方は、検討してみてくださいね。

テキストも進化中です!

http://anahata-mk.com

HPも、時々覗いてみてくださいね。

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特にスピリチュアルでもないけれど

お客様がいらっしゃる前には軽く瞑想をするのが習慣になっている。

これが、実のところ自分のためで、仕事が暇なときは忘れていることも多くて、かえって調子が悪くなる。(笑)

昨日も仕事の前に瞑想した後、お客様がいらっしゃるまでの間にぼーっとしていると、突然「私はうまくいくと、知っている。」と、言う言葉が浮かんだ。

そして、気持ちがとても楽に感じられて、いい気分だった。(今月の家賃も楽々と払えるに違いない。イエイっ!)

前にも書いたけど、最近は「心配をする」ということが極端に少なくなくなった。

「私はうまくいくと、知っている。」

からなのか、肝が据わったのか、たんなるアホ(この確率も高そう)になったのかは定かではないけれど、今を生きる、今を楽しむ、ということに対してはとてもいい状態なのだ。

こんなことを書くと、私の視界がいきなり開けてきたように感じる人もいるかもしれないけれど、これも、訓練の賜物のようなもので、日々自分に言い聞かせたり、あれやこれやと試した結果なのだ。

肉体と同じで、心にも癖がある。

とっても心配性だった私は、20才ぐらいから老後の心配をしていて、かなり年配の人にも笑われたほど。

それに、自分はたいした人間じゃないという思い込みもすごかった。(かなり前のブログに書いたとおり、「どうせ私は。。。」が口癖だった)

その後は、縁があっていろいろな本にも出会い、新しい仕事(リフレクソロジーね)にも出会った。

スピリチュアルなこともいろいろ勉強したけれど、それこそ、頭で理解するっていう事ではない、ということも学んだ。

日々実践。

心のことなのに、まるでバレエのレッスンのようなものだということも、知った。(思い出した?)

できないものがあれば、その理由を見出して、対処する。じっくりと自分を鏡で見つめながら、時には人からアドバイスを受けながら、自分の癖を直していく。まずは観察すること。それに面白いことに、人の欠点を見つけると、それが自分の欠点でもあったりするのだ。(ああ、人の振り見て我が振りなおせ、だわ~、まったく。

できないことは、レッスンあるのみ。それに人のせいにはできない。だって、自分しかいないからね、そのパをできるようになるようにするのは。

地味~なレッスンを続けていると(これが本当は大事、すべては基本だからね)ある日突然楽々とできるようになる。それこそ、あれ?できた!いう感じで。

うまくいかないことのほうが、うまくいったときに得ているものは多い。

自分の欠点を見つめて対処し、そして、自分のものにしていく。

心も同じようなものだと思う。(欠点というのは、あまりよくない表現かもしれないけれどね。)

自分を見つめること。まずは、観察。

見たくないところも見なければ、上達しないからね。

そういえば、バレエの先生が言っていた。

「少々肉体的にハンディを(足が短いとか、O脚とか、背が低いとか、手が短いとか・・・え?私のこと?)持っているほうが、いいダンサーになるよ。そのハンディを克服するために人よりも、いろいろと工夫したりレッスンを積んだりするから。」(ちなみに、バリシニコフも背が低い。)

うーーん、意外と奥の深い言葉だっだんだね。

タイトルから、ずれっぱなしだけど・・・。

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久々に、マハボテカード

毎日引いているんだけど、今朝はこんなん出ました。

Magic ― 不思議な力

ラッキーと呼ぶ不思議な出来事は、あなたの夢をいきいきとさせておくのに必要でしょう。
でも、毎日の生活の中にこそ、不思議なことがたくさんあることを忘れないでください。
当たり前に見過ごしている事柄も、視点を変えると不思議な力の産物だと分かります。
それを認識し直すことが、もっと大きなラッキーを手に入れることにつながります。

http://www.iii.ne.jp/cgi-bin5/uranai/card.asp

お試しあれ~。

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すべてはあなたのために

夕べ、何故か急に思い立って、久しぶりの友達に電話した。

彼女は、私がこの仕事を始めるきっかけを作ってくれた大事な友達。

一番気楽に話せる相手と言ってもいいぐらい。まあ、我が家に居候していたぐらいだからね。

丁度、彼女も仕事が会社の都合で事務所閉鎖となり、ちょっぴり落ち込み気味だったようで、久しぶりの電話を喜んでくれた。

なんだかんだと、1時間ぐらい話をしていたんだけれど、あまりに急に仕事がなくなったことに対して、私が言った言葉

「すべてはあなたのために起こること。」

自分で言っておいて言うのもなんだけれど、何故か言葉がぽんと出た。

そして、自分に向けていった言葉だったんだと気がついた。

それでまた、思い出したのは、この仕事を始めた頃あまりにも幸せで、生きていてよかった!と、思っていたときに見た夢。

小さな天使が2人(この天使がまた、蜂のような飛び方をしていた。ビーって。笑。)出てきて、今までの私の人生を見せてくれて「今までいろいろなことがあったけれど、今のあなたは幸せでしょう?」と私に聞く。それで私は、「全部必要だったんだね。」っと、納得していた。

最近それを忘れていたわ~。

楽しいことから、辛いことまで、人生いろいろなことが起こるけれど、すべては行くべきところに行くためなんだよね。

一滴の水の道だって、山あり、谷あり、平地あり、でも最後にすべては、大海に注ぎ込むんだもんね。

・・・・・九州地方の被害が少しでも小さいものでありますように。

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自分を縛るのは

どの本で読んだかは、いつものことながら忘れたけれど(笑)「あなたの言葉(批判)が縛るのは、相手ではなくて、自分である。」って言うのを最近思い出した。

昔からいつも自分に言い訳ばかりしていたのだけれど、何故かな?って、考えていた。(自分にって言うところがミソ)

自分に厳しすぎる?

何かトラウマが?

とか、いろいろ考えたいたけれど、イマイチぴったりとこなかった。

それで、先日書いたことに繋がるんだけれど、自分に言い訳しているってことは、同じようなことを人がしていたら、私は、「それでいいの?」と、ちょっと批判的に思うことなんだな、っと。

だから、自分に言い訳をして正当化しないと、落ち着かない、ってことになる。(もちろんすべてではないかもしれないけれど)

それで、思い出した言葉だったのだ。

最近は、言い訳もずいぶんとしなくなって、楽になったけど、時々無意識に言い訳をしている、自分がいる。

人を批判的に見てしまうとき、自分に言い訳をしてしまうとき、そんなときは、「お互い様」って、思うと気分が楽になることに気がついた。

なぜなのかは、言葉ではうまくいえないけれどね。

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人にどう見られるかの心配

初めて自分の出る番組を(といっても、小さな番組だけれど)見た。

思っていたより短い番組で、2分ぐらい。

ホッとするやら、(あれぐらいなら、見逃す人も多いだろうし)残念やら。(だってね、もう2度とない機会だろうから、いっそのこと。笑。)

それにしても、今回のことで自分の気にしていることがいろいろとわかった。

歳をとるのは楽しいわ~、なんて思っているつもりだったけれど、やっぱり、すべすべお肌は、うらやましいようで、しみ、しわ、二の腕のたるみなんかをかなり気にしている。

それに、話している姿は、どんな感じだろう、とか、おばかに思われないだろうか、とか、心配している自分がいる。

「あれで、バレエの先生だって、ぷっ。」とか、思われるんじゃないか、とか、ね。。

自分がどのように人に見られるか。

勝手に、想像して、その心配をする。

でも、それって、裏を返せば、人のこと見るときも自分もそういう目で見ているって事でもある。

だから、気になるんだろうね。

意識しない自分の心の動き。

それがわかって、嬉しいやら、悲しいやら。

だってね、自分の意地悪な目を意識しちゃったから。

まあ、潜在意識が、顕在意識になると変えられるというから、よかったんだよね。(と、一人で納得)

それに、こういうことを他の自分の心にも応用ができそうだし。

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爆睡

土、日と、養成講座だったので、続けて足モデルになったら、昨日から、今日にかけて爆睡。5月ごろちょっと睡眠不足だったのでそのつけかもしれないけれど、とにかく寝た。

昨日は、ソファの上で、9時過ぎには(きっと。記憶がない。)意識不明。朝は、5時に起きたけど、ご飯を食べてからの眠いこと。

30分ぐらい寝てから、掃除やお洗濯をしたほうが効率がいいかも?と、横になったら、起きたのが、さっき。なんと!3時間も朝寝していた。

寝ていたくせに、トリートメントの効果か、おなかもすごく空いている。

今からお買い物に行かなくては、何も食べるものがないんだけどね。

初めて受ける人、くたびれている人、慢性疾患のある人なんかは、休日前のトリートメントを進めているけれど(スクールでもそう言っています。)久々に身をもって体験。それと、そういった方々の2日間続けてのトリートメントを避けるようにって、言っているのもこういうことがあるからなんですね。

初めて受ける方は、二、三日あけてから、受けてくださいね。好転反応強く出る可能性大ですから。

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歳をとったら。

若い頃は、自分と似たような価値観の人とのほうが居心地がよかったような気がするけれど、最近は、自分と違った価値観や考えを持っている人のほうが、新しい気付きがあったりして、おもしろく、また、助けられることが多い。

特に悩みがあったり、自分の中で何かがくすぶっているようなとき、脱出するための出口を探しているときなど、似ている人だと、同じところをぐるぐるしてしまう事もある。
でも、自分とは違った考え方をする人なんかと話していると、思いがけず脱出への道を与えてくれたりする。

モンモンとしているときなんかに、一言、さらりと何かを言われると、「おお!そういうことでいいんだ!」とか、いきなり思っちゃたりするし。

若いときだったら、一緒に悩んでよ~、何でそんなに簡単に片付けちゃうの?なんて感じだったろうに。

まぁ、若い頃は悩むことが大人になるということ、みたいに思っていたんだろうね。(自分のことだけどさ)

歳をとると、悩んでいる暇もなく、できれば早く楽チンになりたい、そう思っているから丁度いいんだけど。

なんだか、自由とか枠をはみ出すとかは、若いときの特権だと思っていたけど、実は歳をとってからのほうが、いろいろなことから自由になっていく気がするんだな、最近。

枠もはみ出そうなんて意識すらしていないから、ないのと一緒。

求人募集の枠は思いっきり狭くなってきたけどね。(笑)

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何とか、レッスンの撮影も終了

何とか無事に生徒さんたちの協力も得て、レッスンの撮影も終了。

どのように映っているのでしょう。。。。考えるだけでため息が。

ちょっと、撮って終わりかと思いきや、レッスン終了まで撮影。(放送するときは、その中からちょっとだけだけど。)カメラマンの方も汗だくになって帰っていかれました。ご苦労様です。

それにしても、私が行くところ、行くところついてくるカメラ。

最初は意識して、先生です!と言う感じで振舞っていた(つもり)けれど、そのうちに、いつものように、わけの判らないことを言っては、笑いを取っていた私。音声も入っているのかしら?放送コードに引っかかっていたら、カットしてください。(どんな発言をしているのやら、でしょ。笑。)

撮影が終わってからのほうが、緊張している。(撮影中は舞い上がっていたに違いない。)

あんなこと言えばよかったのに、とか、こんなことを言えばよかったのに、とか、いろいろ頭をめぐる。ああ、どうして、インタビューは、アップなの?とか。

昨日もスタジオで「撮り直しとかしないんですか?」と、担当者さんに、こっそり聞いてみたりして。(もちろん、ありません!ときっぱり、言われた。)

終わったことは、しゃーないじゃん、と自分に言い聞かせても、けっこう、ぐちぐち、ねちねち、思ってる。(どんな粘着質なやつやねんと、お思いでしょう・・)

でも、何事もいいこともつき物で、なんとその番組制作者さんの知り合いが私の知り合いであることも判明。それが、きっかけとなって、何年も会っていなかったその人と今度会うことになりました。

本当に最近は、お久しぶり続きです。

なんか、自分の中のいらないものをポンポンと放り出したら、いろいろと新しい風が入ってきたようで。

ぐちぐち、も、ねちねちも、ポンポン放り出さなきゃね。

ああ、それにしても・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

しみが、しわが。

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あっという間に、インタビュー終了

取材が終わりました・・・。(はぁ~、ぐったり)

と言っても、まだこれから恐怖のバレエの取材が残っている。(がんばって1週間自主トレしたんだけどね。)思いっきり、引きで撮っていただくように、お願いした。(なぜだかお分かりですね。笑。)

実は、先日の「お試しなのか、開放なのか。」に、書いたことは、このことだったのだ。

自分の中の「自分の存在が目立つのは怖い」という気持ち。

きっと、人の目を気にしすぎる傾向にあるんだろうけど、何故か、そういう恐れがあった。(こうも、ブログの中で、己をさらしている自分が言うのもなんだけれど。)

でも、「もう大丈夫!どこにでも、出てってやろうじゃないの!私は怖くない!」と、誰も、何も言ってないのに勝手に一人そういきまいていた4,5日後に、電話が来たのだ。それも、テレビ番組の出演依頼。

5分とはいえ、私が主役。(2足のわらじを履いているから、と言うのがその理由でもあるんだけれど)

「どこにでも出てってやろうじゃないの。」

の答えがこれ・・・。

あまりのタイミングに、驚いて、「お試しなのか、開放なのか。」になったのだ。

そして、今日、思い切りアップでのインタビュー。

顔のしわから、しみまで、ばっちり写っているに違いない。

それでも、「めがねかけたほうが、知的に見えますか~?」なんて言って、めがねをかけたけど。(もう、意味不明)引きのインタビューとか、紗をかけるとか、モザイク入れるとか(あ、あやしい)は、無理だった。

それにちゃんとしゃべったのかも記憶に定かでない。

素人丸出しの(当たり前)かみかみだったと思う。

なのに、撮りなおしもなく、あっさり終了。オンエアが、怖い。(いろんな意味で)

できるだけいつも自分が思っていることを話したとは思うけど。

それにしてもバレエ体型には、ほど遠ーーーい感じのおばさんが、リフレクソロジーはともかくバレエの先生やっているなんて世間様にばれたら・・・。(ばれてますが)

当分アドレナリンでまくりかもしれません。

でも、せっかくなので、そのおばさんを見てやろうという方は、お時間さえ合えばご覧になってください。東海テレビなので、全国区ではないけれど、月曜のドラマとスマスマの間の「いいことプラス」と言う番組です。

オンエア予定は、7月30日(月)私が犯罪者にならない限り、放送予定です。

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一皮剥けた?

その言葉通り、ひどかったアレルギーも治まり、それこそ色素沈着していた肌もぽろぽろと剥けて、お陰様で以前のようになりました。(ありがたや~)

ところどころ痒いところはあるものの、お手製クリームでひどくならずに済んでます。

一皮剥けたのは、肌ばかりではないようで、最近以前に比べて「心配する」ということが極端に少なくなった。

面白いのが、以前なら、「大丈夫、何とかなる。」と思いながら、心のどこかで、不安と心配が渦巻いていた。

それが最近では、「どうしよう・・・。」と不安に思いながら、心のどこかで、「私は大丈夫。」と、安心しているのだ。

この仕事を始めてから、「今月はどうなることやら」ばかりだったけれど、これだけスリルとサスペンスの日々を過ごしながら、何とかやってきた自分がいると、自分を信用せざるを得なくなる。

それに、心配しても始まらないことを心配するのには、もう飽きた、というのも、あるのかも知れない。

だって、本当に、心配して何かいいことが起こったためしがないもんね。

それに心配すると、身体と心が萎えるしね。

なので、うわべだけ心の平静を装っていた頃とは違い、根拠もないのに「自分に必要なものは、どんな形でも入ってくるから大丈夫。」と、能天気になっている今日この頃。

とか何とか言いながら、今日テレビのインタビューがあるのだけれど、顔のしわとしみとがはっきり、くっきり、写ってしまわないか、とか、バレエのスタジオ撮影のときに、お肉たるたるが写ったらどうしよう、とかを心配している私なのだ。(笑)

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生きているということ

生きているっていうことは奇跡だな、と、このごろつくづく思う。

いつだったか受精だけでもすごい確率だということをテレビ番組でもやっていた。

そして生まれて、育って、歳をとっている。

朝、玄関の階段から落ちることもなく(家は玄関が2階にあるのだ。)歩いていても、車に轢かれていない。

以前働いていた重度身障者の施設では中途障害の方もいて、どうしてそのようになったかを聞いて、人事ではないな、と思った。

自転車で転んで、首の骨を折った人、階段から落ちて、やはり首の骨を折った人。

どちらも、毎日の生活の中で起こりうること、それも特別なことじゃない。

脳性まひの人や遺伝性の疾患で、だんだんと運動機能が衰えてくる人など、いろいろな方がいて、私は、たまたま五体満足で生まれて、何事もなく40過ぎまで生きて来れたんだな、とその施設にいるとき思った。

自分の行きたい所に行きたい時に自分の足で行ける。

当たり前のようなことだけれど、当たり前じゃない。それすら奇跡の中のひとつに過ぎないんじゃないかな、と思う。

当たり前のように生きてきたけれど、その当たり前が、ありがたい。

生きていること、自分で自分のことができるということは、ほんとにありがたいね。

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お久しぶり続き

この2ヶ月ほどの間に、久しぶりに会う方が多い。

あちらから連絡があったり、こちらから連絡をしたりで、1、2年ぶり、という方も。

昨日は、これまたお久しぶりの方からの連絡で、お昼ご飯をご馳走になったのだが、薦められるままに、昼からビール。

お天気もいいし、久しぶりだからいいか、と、調子に乗ってしまったけれど、久しぶりの昼間っからビールは、おいしゅうございました。(笑。毎日だったらアル中だーー。)

ちょっと前だったら、仕事が入るかもしれない、と、遠慮していたはずなんだけど、「今を生きよう。」「自分の心に素直に」ということを最近は実践するようにしているので、楽しみたいように自分にさせているのだ。(と言いながら、昼からビールの言い訳・・・。)

ここ1年ぐらいの間、自分の心の声を聞いているようで、聞いていなかった。

やらねば、とか、こうするべき、とかが、先行して、自分の心のままに物事を選択する、ということを忘れていたのだ。

それに気がついたころから、お久しぶりの方たちから連絡があったりして、ご飯を食べたり、お話をしたり、楽しい時間が多くなった。ありがたい。

でも、昨日は、それから調子に乗りすぎて、ソファで眠ってしまい、甥のテレビ出演を見逃してしまった。

これから、録画を見せてもらいに行かなきゃ。

叔母さんは、ちょっぴり反省です。

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