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魔法の手

初めてリフレクソロジーを習ったとき(このときはまだ、学んだと言うより、習ったというレベル)自分の身体の調子が、すごくよくなったと言う話は、そこここに書いているけれど、コースが終わった後、とても嬉しくなった。

身体の調子がよくなったことも、もちろんだけれど、

自分の手だけで、誰かの身体の調子をよくしてあげられるようになった自分が、嬉しかったのだ。

神様から、素敵なプレゼントをもらった気分だった。

よく、カリスマ美容師さんとか、エステティシャンの方のことを、「魔法の手」と呼ぶけれど、そのときの私は、カリスマでもなく(あたりまえ)、リフレクソロジーを習いたてだったにもかかわらず、すでに「魔法の手」をもらっていたのだ。

どこかに行くとき、忘れることもないし(だって、自分の手だもんね)道具を忘れることもない。(だって、手があればできるから)

コースが終わった次の日から、人の足を見つけては(借りては?)、せっせと、練習に励んだ。(時には、当時4歳だった甥の足も借りてね。でも、そのことで、子供もリフレクソロジーが大好きだと言うことも知ることができたのだ。すべては、必然ね。)

以前にもブログの中でも書いたし、コースの中でもよく言うことだけれど、クライアントにとって、経験豊富なテクニシャンだけが、「魔法の手」ではない。

小さな子供にとって、知らないおばさん手からトリートメントを受けるよりも、大好きなお母さんの手でしてもらうほうが、百倍いいと思う。

子供を望むご夫婦の方たちも、奥様、ご主人と、お互いにトリートメントをしあうほうが、絆も深まって、よい結果もきっと望める。

相手を思う気持ちが、「魔法の手」を生むのだと思う。

リフレクソロジーのよさは、そこにある。

誰が行っても、誰に行っても、同じトリートメントを行う。処方を間違えるとか、そういうことは、何もない。

身体のバランスを整えるものだから。

そして、心のバランスも整える。

だから、習いたてのベーシックの方も、すばらしいケーススタディをとってくることも多い。(ご家族の方の場合が多い)

この間、どうして私はこの仕事が好きになって、ここまで来たのかしら?と、思ったときに思い出した、当時の自分の気持ち。

そして今でもそれは変わらない。

神様からのプレゼントは、どこに行くにも私と一緒。

そして、そのことが、今でも嬉しい。

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「リフレクソロジーについて」カテゴリの記事

コメント

本当にそうですね。
「魔法の手」=「癒しの手」ですよね。
その手に触られるだけで、心が落ち着いて、癒されることもあるんですよね。
私もこういう手を持っていたらいいな~って思います。

クラスメートには、「hoiさんの手って温かくて、包み込まれるようなリフレをするよね」って言われた時は、本当に嬉しかったです。
「こんな手でも、誰かの役に立ってるんだな~」って。
こう言ってくれた彼女の言葉は「愛を持って練習、愛を持って(第三者に)リフレ…を心掛けてるの」。
私も自分に(._.) φ メモメモしました。

投稿: hoihoi | 2006年12月27日 (水) 15時42分

hoihoiさんも、もうすでに、「魔法の手」持っているじゃありませんか。
「こんな手」じゃなくて、素晴らしい手ですよ。

投稿: mizu | 2006年12月28日 (木) 11時30分

はじめまして。
来年からリフレクソロジーを習おうと思っています。ブログを拝見してさらにリフレに興味を持ちました。本当に自分の手が癒しの手に変われたらどんなにいいかと想像してしまいました。すばらしいですね。ありがとうございます。

投稿: bamse | 2006年12月29日 (金) 22時04分

bamseさん、初めまして。
お返事が遅くなりました。

これから、学ばれるのですね。
誰の手も「魔法の手」になれるのがリフレクソロジーのすばらしいところだと思います。
相手を思う気持ちがあれば、大丈夫だと思います。
がんばってくださいね。

コメントありがとうございました。

投稿: mizu | 2006年12月31日 (日) 06時10分

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