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2006年9月

ちょっと自分を褒めてみる

先週末の怒涛の養成講座が終わって、月曜日、ありがたいことに、ご予約をいただいていたので、仕事して、夕方からバレエクラスを4時間。火曜は、おばあちゃんのお付き合いで、お買い物と朝、夕の食事の支度。

で、昨日は、今日は仕事休んでやるーーーーー!と、叫んでいたら、これまた、ありがたいことに、当日予約のお客様が、二人。(貧乏暇なしね)

普段から受講生の方にも言っていることだけれど、この仕事で、大切なのは、如何に自分の身体と心の管理をするかということ。

でも、今回は、心は軽いが・・・身体は重い・・・。(歳には勝てませんぬ)これで仕事が務まるのか?というほど。

心の中で「頑張れ、頑張れ、私!」と、叫びつつ、仕事の時間になると、アラ不思議。

身も心も軽くなる。これなら、今日一日大丈夫じゃん、と思うのだけれど、仕事が終わると、眠いやら、背中が痛いやら。これで、後の仕事は大丈夫か?に、逆戻りなんだけれど、仕事の時間が来ると、また、元気に。

プロ根性なのか、それとも、貧乏暇なし、売上のためなら、なんでもするわ、根性なのか、は、不明だけれど、仕事の時間になると、しゃきっとする自分を少し褒めてあげたくなった。

だから、昨日は自分を少し褒めて、久しぶりに、仕事が終わってからゆっくりとした。(おばあちゃんは姉の所に行っていたから。これも神様のご配慮ね。)

無理は禁物だけれど、ご飯を食べ、家賃を払い、それに、星の数ほどある中から、うちを選んでいただいたお客様にお応えする為にも、元気一杯の私でありたい。

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つくづくと、

この仕事に出会うきっかけとなった人から聞いた話。

「だれでも、人生は、自分でプログラムしてくるのだけど、答えを知っていると、勉強にならないから、生まれてくるときに忘れてしまう。だけど、人生の難関や困ったときは、ちゃんと誰かに助けてもらうように、お願いしてくるから大丈夫。」

最近つくづくと、そう思う。

今回は、元気だったおばあちゃんが、突然歩けなくなったけど、姉は丁度ヘルパーの仕事を始めたばかりだったし、よいケアマネージャーさんとも出会えた。(最近は、家族でも、ヘルパーとして、入ることが可能なのだ)

私は私で、お陰さまで、自分の仕事が順調なので、心の余裕を持っておばあちゃんの世話ができる。

最初の話を聞いたことがなければ、「ああ、丁度よかったね。」と、簡単に済んでしまっていることかもしれないけれど、これも神様のお陰と、自分のプログラム(この場合はおばあちゃんのプログラム)なのかな、と、しみじみと思う。

これまでも振り返ってみると、いろいろなところで、いろいろな人に助けてもらってきたなぁ、と思うのだ。(当たり前だけれど)

何気なくこぼした愚痴にアドバイスをもらって、道が開けた、とか、支払いどうしようと、気を揉んでいるとき、いつもより早く受講料の振込みがあったりとか、天使は、いろんな姿でやってくる。

きつい言葉で、叱ってくれた人とか(時には、悪魔の姿もしてくるのだ)、ボーっと見ていた映画の中の台詞とか、通りすがりの赤ちゃんの笑顔とかね。

そういったことが、度々起こると、どんな事があっても、大丈夫なんだろうなぁ、この先も。なぁんて、思えてくるから。

きっと私のことだから、人より沢山の人たちにお助けをお願いしていると、思うから。

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往診

往診・・・死語に近いかもしれない。

先日、おばあちゃんのところで、(またもや)NHKを見ていたのだが、そのときの特集が100歳の人の写真を取っている人の話だった。(エッと、確か「ビジネス未来人」というタイトル)

たくさんの方の写真を紹介すると共に、その方の人生も簡単に語られていた。

妹さんの死をきっかけに、90歳(だったと思う)から、朝晩の1時間の散歩を欠かさなくなたおばあちゃん。(うちのおばあちゃんも負けている・・・)

認知症(この言葉は、何故かピンとこないけど)が進んで、ほとんどしゃべる事ができなくなったおばあちゃん。(でも、この方は、写真を渡されたとき、よい笑顔だった)

92歳まで、現役だったお医者さんのおじいちゃん。患者さんがいれば、いつでも、往診してまわった話とか。

そうなんだよね。

前は、本当に体の具合が悪くなるとお医者さんに頼んで、午後の休診時間とか、夜とか、往診してもらったんだ。

だって、本当に具合が悪い時病院なんか行けないもんね。そう思えば、当たり前のことなんだけれど。

この間も、うちのおばあちゃんは、「今日は足が痛くて、病院に行くと、もっと痛くなりそうだからやめておく。」と、へんてこりんな事態におちいった。

いつからあの黒い往診かばんを見なくなったのかな。

もう歳で辞めてしまった近所のおじいちゃん先生は、よく往診してくれた、それも、もう十年前の事。

子供の頃、いつも病院だけで見ている先生が白衣を着て、往診かばんから、聴診器を取り出している光景をちょっとドキドキながら見ていたのが、なつかしいな。

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楽しいは、楽じゃない。

この間、NHKの番組に、(おばあちゃんのところにいるのが多いから)小沢征爾さんの息子さんで、俳優の方(名前を忘れて申し訳ない)が、出ていた。

緒方拳さんに影響されて、書が趣味のようで、筆ペンを持ち歩いているらしい。そういうお話の後何点か作品を披露されていたのだが、その中に

「楽しいは、楽じゃない」

と言う、言葉があったのだ。

それを見て、「そうなんだよねぇ」と、うなずいてしまった。(ご本人から見れば、私なんぞにうなずいてもらっても、嬉しくないかもしれないが・・・)

以前にバレエを教えている子供お母さんに、「楽しくバレエをやってもらえばいいです。」と言われたことがある。でも、バレエは、はっきり言って、楽しくなんかない。しんどい。特に基礎は、つまんないし。そのしんどく、つまんないレッスンを続けていると、回れたり、飛べたり、素敵なアラベスクで、バランスを取れたりが、できるようになって、それが、楽しいのだ。頑張った分だけ、何かができるようになって、喜びを感じる時。

でも、きっと、このお母さんの楽しいは、「楽」の楽しいだったのだろう。それからにすぐに、子供はクラスを辞めていった。

昨日の続きではないけれど、この仕事を大好きだけど、辛いことだって一杯ある。

小さいとはいえ、スクールやトリートメントルームを維持していかなきゃいけないし、勉強だって、これでいいということはない。

でも、好きだし、楽しい。沢山の喜びを与えてくれる。

「楽しいは、楽じゃない。」

そうだよね、

「辛い事も沢山あったけれど、楽しかった。」

と言う言葉もよく聞くもんね。

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もう、若くない?

この仕事に出会うちょっと前、かなり人生に落ち込んでいて、毎日心はくもり空。(曇天てなかんじ。)

30歳ごろだったと思う。

30歳位って、悩む年頃なのかも?

具体的にも、いろいろとあったのだけれど、あの頃は真剣に、「もう、私は若くないと思っていたのだ。(今、思うと笑えるが)

40になると、30なんて、まだまだ、若かったんだ、と思うのだが、そのときは、必死だったのだ。

よく、好きな仕事で、ご飯を食べて、畑やったり、バレエをやったり、いいですね。と、言われるけれど、ここにたどり着くまでには、七転八倒、山あり、谷あり。(ああ、今もそれほど変わらないけれど)

自分の人生の目標もわからず、悶々と過ごしたり、ただ、ただ、人生が流れていくのを止められなかったり。

暗闇があってこそ、光の存在がわかると言うけれど、そういう時期があったからこそ、今の自分のことを感謝できるのだと思うし。

子供の頃から自分の存在理由を探しているようなひねた子供だったので、今自分が好きな仕事(それをやりとおすためには、苦労をいとわないと思えるほどの)に出会って、幸せを感じる。

30歳の時、あのまま、結婚して、子供を生んでいたら、どんな人生だったか、と思う事もあるけれど、今は、今の自分でよかった、と思っているのだ。

これからも、七転八倒、山あり、谷あり、だろうけれど、50歳になったら、また、笑っているんだろうね、「40歳なんて、若い、若い。」って。

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かわいいおばあちゃん。

おばあちゃんネタが多くて申し訳ないけれど、この間買い物にいったときの話。

先月、家の近くに「松坂屋スーパー」(ローカルだなぁ。名古屋の人は知っていると思うけど)ができたので、おばあちゃんのリハビリがてら、よく買い物に行く。(通路も広くて、おばあちゃんのシルバーカーが、気にならないのもその理由のひとつなんだけれど)

その中に、総菜屋さんがあって、隣接のカフェもあり、そこでお惣菜と、ご飯を食べたりできるようになっている。飲み物もあって、この間、おばあちゃんの希望で、お抹茶をいただく事になった。

ガラス張りの窓からは、駐車場が見えて、昼間は、老夫婦の買い物姿が目に付く。

それを見ていたおばあちゃんが

「お父さんが生きてたら、あんなふうに一緒に来てたかもね~。でも、もう歩けないだろうね~。」

「おじいちゃんと、どれ位歳はなれていたの?」と聞くと

「10歳」

だって。

生きていたら、100歳じゃん!

心の中では、買い物はやっぱり無理かも、と思いながら、

「元気な100歳もいるから、生きてたら大丈夫だったかもよ。」

とは言ったものの、そんなおばあちゃんがかわいいなぁ、と思ったのだ。

17歳で結婚して、37年前に先立たれたのに。

おばあちゃんは、最初からおばあちゃんだったわけじゃないからね。

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経験

朝、いつものように、物干し場で、ボーっとしていた時、リフレクソロジストとして、いろいろな経験をしてきたなぁ、と、ふと、思った。

してきたと言うより、させてもらってきたと言うべきか。

私が勉強した頃は、リフレクソロジーと言う言葉を聞いて、その意味を理解できる人は、ほとんどいなかった。検索をかけても、わずかなページ数。

その上、出会った先生たちが、イギリス系の教育を受けた方ばかりだったので、最初から補完療法として勉強したのだ。

「足をもむと、身体が改善する。」

自分の身体が調子よくなったとはいえ、本当に、身体全般に効果はあるのだろうか?今思うと、リフレクソロジスト自身が半信半疑で、この仕事を始めたのだ。

神様はよくしてくださるもので、テクニックに自信がついてきた頃、初めて毎週のように通ってくださる方が現れた。

果たして、この日本で、このやり方で、この仕事を続けていけるのだろうか?と、不安があった中、このお客様には、勇気をいただいたことを覚えている。

その後は、ボチボチと定期的に通ってくださるお客様が何人か出てきて、わたし自身リフレクソロジストとしての自信をつけさせてもらうことになったのだ。

その後は、身障者の施設での施術、妊娠中の方のケア、など、そのとき、そのとき、ご縁をいただいて、貴重な経験をさせてもらってきた。

初めてのケースに出会うときは、ちょっと、不安もあったけど、「できない仕事は回ってこない。」を、心の支えに。

リフレクソロジーは、自分自身で、いろいろなケースをこなしていく中で、自分のものにしていくもの。

それにはそれ相当の時間がかかる。

それに、たくさんの経験も。

自分のスタンスを決めてじっくりと取り組む。

それがよいリフレクソロジストになる秘訣かも。

この仕事について、はや8年。

ほんとによい経験をさせてもらったなぁ、と、つくづく感じた朝なのだ。

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リフレクソロジーがすごいのか?それとも・・・

おばあちゃんは、お陰さまで、元気。

先日、退院後の検診で病院に行ってきた。

杖一本で歩く姿を見て、担当医(手術しなくちゃ、施設行きだーー!といったやつね。)は、驚いて、「あれだけ手術を勧めた僕の立場ないなぁ」と、言ったらしい。

リフレクソロジーの効果がすごいのか、はたまた、今までできた事ができないと、腹が立ってくると言いながら、洗濯やお米とぎに打ち込む(言いすぎ?)うちのおばあちゃんの根性がすごいのか・・・。

リフレクソロジストながら、後者のほうの可能性が強い様な気がする・・・・。

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リフレクソロジーと風水?

ベイリーの大先輩からのアドバイスを受けて始めたトイレ掃除。(動機はものすごく下心一杯の金運です・・・)

5月から続いておりますが、最近はおばあちゃんのところもやっているため、多いときは、自宅、おばあちゃんの家、栄の仕事場と、一日に、三回トイレ掃除をしている。

毎日しているから、時間はそれほどかからない。ちゃっちゃっちゃっと、済んでしまう。

ということで、今日も自宅、おばあちゃんの家と済ませたのだが、掃除をしていて思った事。

なんだか風水とリフレクソロジーって、通じるものがあるじゃないか?ということ。

最近風水では(きっと昔からなんだろうけれど)掃除がポイントとなっているよう。

リフレクソロジーも身体を治すというのではなくて、その効果の一番目に来るのが、身体のお掃除。

毎日のように、掃除していれば、それほど汚れない。トイレも身体も。

人の身体は、出すことが苦手だから、お掃除は大事。(入れることは得意なんだけどね。息や、食べ物やなんか)

心と身体、トイレの掃除、毎日こまめにね。

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好きな事

マッサージが嫌いな女がリフレクソロジストになって、かれこれ、8年。

お陰さまで、何とか続いている。

好きな仕事でご飯を食べていける。

ありがたいことです。

まぁ、でも、好きな仕事には違いはないけれど、やっぱり仕事は、仕事。

面倒な事、お金の事、心配事、傍から見れば、「そんな思いまでして、どうしてやるのか?」かもしれない。

でも、好きな仕事だから、それに伴う苦労は、ある意味喜び。

がんばれば続いていくのだ。

好きな仕事を続けていける・・・・

それに勝る喜びはない。

バレエだって、そう。

はっきり言って、バレエなんて、楽じゃないし、辛いし、サボればなお辛くなる。

なのに、何故やるのか?

レッスンを頑張れば、その結果が出てくるから。

できなかったものが、できるようになる喜び。

それは、そのための努力が大きいほど、喜びも大きい。

毎月の家賃の心配は尽きないけれど、何とかここまでやってこれたのだから、これからも、やっていけると思う。

そして、心に誓うのだ。

「もう、お金の心配はしません。」(笑)

(誓うと、効果絶大らしい。)

心配する心が、その心配事を引き寄せるというからね。

心配事は、脇において、好きな仕事を楽しもう!

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まずは自分から

お陰さまで、おばあちゃんの状態はとてもよい。ひとりで、お米を研いだり、お洗濯したり、入院するまでのあの痛みはなんだったの?というほど、以前の生活に戻ってきている。きっと、病院の先生が見たら、驚くだろうね、「手術しなくちゃ、・・・・」一点張りだったから。

2,3日おきのリフレクソロジーの効果なのか、単にうちのおばあちゃんの根性がそうさせるのか、それはどうかわからない、もしかしたら、おばあちゃんを取り巻く環境を変えるために、神様の見えざる手が、一時症状を悪化させたのかもしれない。まぁ、それこそ神のみ知る、だけれど。

それにどういうわけか、おばあちゃんが退院してきてから、私の仕事も忙しくて、おばあちゃんの世話、仕事、で、40過ぎの女は、少々バテ気味。最近ようやくペースがつかめてきて、時間的にも余裕ができてきた。

おばあちゃんの世話をするなら、普通に考えると暇なほうがよいわけなんだけれど、忙しいほうが私の心が楽。

もし暇なら(ううう、独身女の自営業は、仕事がなくては生きていけないのじゃ)自分の生活が心配になる。きっと、心に余裕がなくなって、「おばあちゃんお世話があるから、暇なんだ・・・」なーんて、落ち込むんだろうな。(落ち込むだけで済んだらいいほうだけど)

だから、今忙しいほうが、心はとっても楽なのだ。

身体の疲れは、ぐっすりとした眠りをつれてきてくれる。心の疲れは、睡眠を奪う。

それに、人の世話は、自分の心に余裕がないと、辛いし、続かない。

まずは自分の安定から。

最近の私は、一見神様にいじめられているようで、実は応援してもらっているのだ。ありがたいことに。

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目からウロコ

ある足に関するサイトで、「靴ひものある靴は、履くたび、脱ぐたびに、靴紐をほどいて、足にあわせて履くのが正しい。紐を結ぶ時間なんて、少しも時間はかからない、今日一日の始まりに気を引き締めるためにも、足にあわせてきっちり、靴紐を結ぼう。めんどくさがらずに」とかなんとか(いつもの事ながら、うろおぼえ・・・)を読んで、ハッとした。

言われてみれば当たり前のことなのに、そんなことをしてきた覚えがなかった。少なくとも足に関する仕事をしているのにね。

前ほどは、靴ひものある靴を履かなくなってはいたけれど、そういう風に履いていたためしがない。

その言葉に出会ってからは、逆に靴ひものある靴(スニーカーも含めて)を意識して履くようになった。

あらまぁ、不思議。ほんとに時間なんてそれほどかからないし、なんと言っても足が気持ちいいし、歩きやすい。それにその言葉どおり、気が引き締まる。

その上、なぜだか、自分がきちんとした人間のように思えて、心密かに誇らしさまで感じてしまう。(単純なやつですいません)

足に合う靴を履くことは、膝や腰を守る事や身体の不調を防ぐ事にもつながる。

高価な靴を履く必要はない。

足が心地よい靴を選ぶというもの日々の身体の健やかさには、大切な事。(心地よい靴=高価というもの否めないけど。。)

インナーソールやセミオーダーもあるけれど、まずは、靴ひもをほどいて結んで、から、始めてみて。

それだけでも、違ってくるからね。

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毎日が、発見

今は、おばあちゃんの世話をする時間が多くなったのだけれど(と言っても、ご飯を作って、お風呂に入れるだけ・・・)ありゃりゃ、私って、ちゃんとできるじゃん。というのが正直な感想なのである。

次女で、子供もいない私にとっては、介護(大げさじゃ、だって、おばあちゃん自分で洗濯だって、できるしね。)なんてできないと思っていた。

でも、この間、おばあちゃんがの調子が悪くなって、いろいろと世話をしたとき、自然にできたから、それも思い込みだったんだな、と。(自信がなかったんだけれどね)

意外と思い込んでいることって、沢山あると思う。

私の場合だと、とにかく、マッサージ系は、するのもされるのも嫌いだったのに、リフレクソロジーと出会ったことで変わったし。

身体を動かす事よりも、本を読んだりしているほうが好きだったのに、35で、始めたバレエは、アホみたいにやったし、どういうわけだか、今では、とりあえず先生までやっている・・・。(ちょっと恥ずかしいけど)

なんといっても、ひとり暮らしなんて、絶対無理(親も許さないだろうと思っていたし)、自立なんてできるんだろうか?と思っていたのに、ひとり暮らしは、もう、16年目になる。(とほほ)

振り返ってみると、自分のことを決め付けていたことの多さに、気が付く。

自分のことをわかっていると思っていても、それは、ただの思い込みだけかもしれない。

毎日が新しい発見なのだ。

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