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共時性

一昨日、昨日と、安ワインをちびりちびりとやりながら、映画なんぞを見ていて、そのままソファで、眠ってしまうということが続いた。

9時半位には、眠ってしまうようで、大体1時ぐらいに、ハッと、目を覚ます。(かろうじて、成長ホルモン分泌したかしら?の時間である。)

土曜日は、そのまましばらくテレビの映画を見ていて、眠くなったので、ベッドに行き、しばし、寝返りを打った後に、就寝したのだが、昨日は、全然眠れず・・・。

何か本でも読んでしまえ、っとおもって、本棚を見ると、ほとんどが最近読み返したものばかり、この間から、『聖なる予言』シリーズを読んでいるhikariさんの影響か、その続編をパラパラする機会があったのだが、『第十の予言』は、もう貸してしまったしなぁ、と思いながら、本棚に再び目をやると、『聖なるヴィジョン』が。

「ありゃ、こんな本があったことすら忘れていたわ。」(8年間の本だし)

と、読んでみることにした。(この人は、全体的に何かにつけ、神秘体験と書いてあるので、ちょっと苦手だったのだが・・・・私は凡人です。神秘体験したことありません、ごめんなさい、という気分になってしまうのだ。)

飛ばし読みの様に読んでいたのだが、自分の人生の目的と、今の仕事の目的との関係とか、そういうようなことが書いてあったように思う。それにはどうして、この両親のもとに生まれ、どういう経験をしてきたかとかを考えてみるといい、そういうことが書いてあったのだ。

そこで、「ああ、そうなんだ。」と、思う事があったのだ。
前にこの本を読んだ時は、まだ、この仕事をしていなかったから、それほどはっきりと何かを感じなかったのだ。

それに、昨日のブログに書いたように、何事も何かのメッセージが含まれているので、それは、目にする些細な事に気を付けていくことで、導かれる。というようなことも書いてあった。

出会った人、目にしたもの、耳に聞こえてきた声や、新聞の記事、テレビ番組などから、それはやってくる。

hikariさんが、この時期に、このシリーズに出会ったこと、その事を私が知って、本を貸す事になったこと、夜眠れなくて、本棚を見てみた事、最近思っていた事と同じことが書いてある本を読むこと。この間見た夢の意味が、この本を読むことで、わかったこと。

こういうのを共時性というのだろうね。

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「スピリチュアル」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。年に1度,職場の地域対抗戦の前数か月だけ練習するテニスを,昨日やってきて,ちょっと疲れている なも です。

ときどきはお邪魔させていただいているのですが,最近少し仕事が忙しくて,いつも「斜め読み」で終わっています。

「mizuさんが『精神性』のようなものにとても感受性があるのは,どうしてなんだろうな?」と考えていました。「この仕事をして」ということと,関係があるのでしょうか。

商売柄,「共時性」という言葉を聞いて,C.G.Jung(ユング)を思い出しました。ユングの神秘的な方向へ関心については,「非科学的」とも言われますが,学生時代,実験心理学的な厳密さを一番大事になさっていた教授が,確か「発達」をどう定義するかの話の中で,「何が望ましいかを定義するには,ユングのようなことも考えないといけないのですかねえ・・・」とおっしゃったのが,印象に残っています。

閑話休題。昔,忙しさの中で何度か「つぶれた」経験がありますので,それなりに「やり過ごす要領」は考えているのですが,mizuさんのように少し立ち止まって考える機会も作ろうかなと思った なも でした。

投稿: なも | 2006年6月11日 (日) 11時19分

なもさん、お疲れ様です。

斜め読みだろうが、逆さ読みだろうが、読んでいただけることは、ありがたい事です。

精神性というか、なんというか、どうしても体のことを考える時、心、精神を抜きにしては、語れないと思うのです。
肉体的なアプローチだけでは、限界があるように思いますし、やはり、本当の意味で「病は気から」だと、思います。

だれでも、つぶれてしまう前に、立ち止まる事、無駄なような時間を過ごす事が、必要だと思います。
ときには、なもさんも、立ち止まって、ボーっとしてください。

投稿: mizu | 2006年6月11日 (日) 18時08分

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