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2006年5月

情けは人のためならず

生きてきた時間が長くなると、今までわからなかった事が、実感を伴ってわかってくる時がある。

若い時は、変な下心もなく純粋に人のために何かをしてあげる喜びを感じていたりした。

歳をとると、人に何かをしてあげる時も何らかの見返りを期待している自分がいたりするので(私だけ?)若かった時の純粋さを眩しくかんじる。

何十年も前に自分がしてきたことが、今になって、自分に返ってくることがあるのだ。

それがよい事でも悪い事でも。

あまりにも時間がたっているから、自分では気が付かないこともあると思うけれど、全てつながっている。

魂の貯金通帳のようなものかしらん?

情けは人のためならずって、言うけれど、そうなんだなと、実感した今日この頃。

人のためじゃなくて、自分のためにしているんだ。それに、誰かを助けてあげたりしたら、気分がいい。それだけでも、充分。

おばあちゃんがこの間言っていた

「誰かを助けてあげたら、そのうちいいことあるでしょ。」

ううううーーーん。おばあちゃんは、来世の分まで、考えている?

今年、満89歳。

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ニューズレター

栄ルームで、アロマをお願いしている石田さんやうちの受講生の方で、マタニティアロマを行っている方やベビーマッサージの矢野先生にも、お願いしてみんなでニューズレターを出そうと思う。

そうする事によって、皆さんに、リフレクソロジー、アロマセラピーなど、の補完療法の情報をお知らせしていけたら、と思います。

そして、そういうものを作ることによって、私たち自身も勉強になると思うのです。

小さなお子さんがいるお母様たちには、生活に活用できるアロマテラピーや、今妊娠されている方にも、ベビーマッサージほ、どういうものかとかをお伝えしたり。育児関連の事も、受講生の方で、そういう方面に強い方がいるので、その方にもお願いして、育児についても、何か書いてもらえたら、と思っています。

もちろん、アロマテラピストやリフレクソロジスト、その他の療法を行っている人たちにも有益になるような内容にしていきたいと思います。(症例載せたり、解剖生理、病理のこととかもね)

まだ、今のところ案だけなので、実際はどういう風になるかどうかわからないけれど、少しでも多くの方にリフレクソロジーやアロマセラピーを正しく認識していってもらって、健やかな毎日を多くっていただくお手伝いをしていけたら、と思っています。

ご希望の内容があれば、なんでも、言ってくださいね。

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トイレ掃除

この頃、自分を振り返ることが多い。(と言うよりも、振り返させられている)

自分では気がついていなかった、自分の思い込みや、慢心など、振り返れば振り返るほど、びびります。

びびっていてもしょうがないので、今から変わればいいのだ、とは思うけど、心はちょっとしょんぼり・・状態。

今までの私が恥ずかしい・・・。

と、しばらく落ち込んでいたのだけれど、最近ベイリーの大先輩から、毎日トイレの掃除をするといいよ、と言われ、落ち込んでいてもしょうがないので、昨日は念入りにトイレ掃除。

今まで落ちないと思っていたタイルの目地の汚れなんかも、歯ブラシから、スチールたわしから、総動員して、こすりまくり、おりゃー、ときれいになった。

落ちたじゃん、汚れ。落ちないと思っていたのは、思い込み?いい訳?(きっとこれ)

その後、ぴかぴかのトイレで用を済ませて、出てきたら、「恥ずかしいと思えるだけいいじゃん。」と、復活!「菊と刀じゃないけれど、日本は恥の文化だーー!」と、みょーに、元気になってしまった。

トイレは、ひらめきを与えてくれる場所?だから、きれいにするといいのかしら?なんて、勝手に思っちゃたけれど、嫌な思いや自己嫌悪は、トイレの水に流してしまえばいいのよね。さっぱりと。

大先輩に感謝です。

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気が付いたこと

最近よく考えるのが、自分は、具体的には、どういう風にリフレクソロジーと関わっていきたいかということ。

今までは、漠然とそのよさを皆さんに・・・なんて、思っていたけれど、具体的には、どうなの?と、いう問いかけをしている自分がいたのだ。

お掃除効果なのか、ここ何日かで、答えらしきものが、出てきた。

それは、スクールを始めた時も漠然と考えていたことなんだけれど、家庭の中に、リフレクソロジーを取り入れていって欲しいと言うこと。

お子さんの為にお母さんが、トリートメントしてあげるとか、ご夫婦でとか。

そのために、まず育児に追われているお母様たちが気軽に受けられる機会を作ることだなぁ、やっぱり、と思ったのだ。

今までも、お子様連れでどうぞ、ということはしてきたけれど、月に一度でもいいから、託児つきで、もっと、気軽に受けられるようにしていけたら。

普段は行わない「あなはた特製ショートコース」でも、いいから、続けて受けていただく機会を作って、そのよさをじっくり心と身体で感じていただける場所。

それを、始めようと思う。

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大地の恵み

今年の我が家の一坪畑は、こぼれ種から芽が出たトマトが7本もある。(本当はもっと、出たのだが、トマトばかりでは、と思い、少し間引きしたのだ。)

こぼれ種で、芽が出たのは、とても強い。虫も余りつかず、病気にもなりにくいみたい。

まぁ、一番いいのは、苗を買わなくても済む。(ほんとはそれかい?)

ニラは、勝手に生えてきたのが、今は群生しているし、根付きのねぎを植えておいたのは、今は立派に、すくすく育っている。もらいのもの葡萄君は、無事花を咲かせて(というより、弾けた感じなのだが)今年は収穫が期待できそう。

結局買った苗は、きゅうりとピーマン、モロヘイヤ。トウモロコシは種を買ったし。

ささやかだけれど、毎年畑には助けられている。

まずは、畑仕事を楽しませてもらっているし(これが仕事だったら、別なんだろうけれど)何より、成長が楽しみ。それに、おいしい。

ネギやニラは臭みより、甘味が強いし、瑞々しい。

小松菜も食べる時だけ取ればいいので、いつも新鮮だし、しおれさせる心配がない。(現代人なのか、最初この感覚が、変だった。家にあるものは、早く食べなきゃ、と思って。)

さっきは仕事なんて書いたけれど、本当はほとんど手はかからない。勝手に育っていってくれる。それを見て、ひとりでニヤニヤしているだけなのだ。

だから、大地の恵みとはよく言ったものだと思う。(最近は、水耕栽培もあるけどね。でも、これって、肥料を水に溶かすんだよね。)お天道様のお陰でもあるのだが。

肥料をやっているわけでもなく、生ゴミをそこいらに埋めておくだけの我が家の庭。

年々、ミミズ君が増えて、土も良くなった。面白いのが、土が良くなると、いわゆる雑草も立派に育つ。

地球と太陽は、皆に平等なんだね。(あ、雨もね)

改めて、感心。

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今日もいい天気!

昨日も今日もいい天気。やっと、日本の五月という感じ。

リンクしているぱにあさんのブログにも書いてあったけど、最近の私のキーワードも、お掃除。

この間から、何度もそれは来ていたが(どこから?)雨を理由に、先延ばし。私の悪いところで、ございます。

と言いながら、火曜の雨の日から、お掃除開始!

出るわ、出るわ、埃とゴミ。それと、着ていない服、履いてない靴。

私がお嫁に行けない訳が、わかった気がする・・・・。

昨日は、不燃ごみの日だったので、まずは玄関からと、いらない靴、履いてもいないのに思い出が~なんて言っていた靴も放り出し、下駄箱が、半分になった。

いくら私が、ブルーの人とはいえ、溜め込みすぎ。反省しております。

今日は、押入れから、いらない洋服を放り出し、ゴミ袋に詰めること、詰めること。

あまりの多さに、1回では、出し切れそうも無いので、何度かに分けて出さなきゃ、恥ずかしい。知らない人が見たら、今度、引越しでもされるのかしら?だわ。まったく。

何事にも時はあるとか、じっと待つ、ということも必要と言うけれど、ゴミを出すことですら、次回のゴミの日と、そのまた次回のゴミの日を待つことになるとは。

これも全て自分の責任で、ございます。

まぁ、だけれど、お部屋は光っております。神々しいほどに。(言いすぎです)

昨日書いたことだけど、気分がすっきりなのだ。

それと、埃やいらないものに、自分の心のたるみや、甘えを教えてもらったようで、心が引き締まった。

今度は、押入れ第2号、第3号が、待っている。

ゴミ袋買ってこよ。

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丸善さん、ごめんなさい

昨日は、郵便局に行ったついでに、丸善で、立ち読み。(我が家は、郵便局の隣なのだが、昨日は、栄住吉の郵便局)

風水の本とか、誕生日占いの本とかを、店員さんの冷たい視線を何気に感じつつ、読み漁り。(風水にもいろんな流派が、あるんだね。)

パラパラといろんな本を読んだので、何にどう書いてあったとかは、あまり記憶にないのだが、(単なる歳のせいかも?)昨日立ち読みで仕入れたことは、

掃除にしろ、運動にしろ、なんでも、気持ちいい事につながることが大事だと言うこと。

掃除したあとは気持ちよいし、いらないものを捨ててしまうのは、すっきりとして、居心地の良い空間ができる。(散らかりほうだいが好きという人は、別だろうが)

運動した後も気持ちいい。(己の筋肉の非力さにストレスたまる時もあるが、そういう場合は、免疫が下がるらしい。とほほ。)

確かに気持ちいいとか、嬉しいとかは、心にも身体にも良いものが、脳から出てくるし(エンドルフィンね)免疫も上がるはず。

前に聞いた話だけれど、食べ物も、水も(水の結晶の本でも書いてあったけれど)感謝の気持ちで、身体に入れると、農薬や塩素の影響をあまり受けないらしい。

感謝するときって、心が穏やかになっているはずだから、食べることも飲むことも気持ちよかったり、楽しかったりするから、身体も強くなっていて、免疫や身体に悪いものも排泄もよくなるのかもしれない。

風水もお掃除も食べ物も何でも、自分が心地よいと感じる、ということが、心と身体の健やかさにつながって、幸せになる、ということなんだろう。

気持ちよいことに向かって、行動するのが一番みたいだね。

今日は、玄関のお掃除をたっぷりしました。

免疫UP!

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かかりつけリフレクソロジスト

リフレクソロジーを始めたころ、自宅のサロンだったので、非日常を提供できるわけでもなかったと言えばそうなのだが、できるだけ、普通の人が普通にリフレクソロジーを受けていってもらえたら、と思っていた。(今でも同じ)

近所のおじさんやおばさんでも気軽にリフレクソロジーを受けてもらえるような日を夢みている。

風邪をひいたら、内科医に行くように、肌の調子が悪いから、エステに行くように、気分がすっきりしないから、美容院で気分転換するように、リフレクソロジーを受けていっていただきたいなと思う。

近所の奥様が、エプロンを取って、そのままこられるような気軽なところ。(にしては、ちょっと、金額が高いか・・・でも、あなたの為だけに、1時間ですから・・・)

「何?おばあちゃん、肩こったの?リフレクソロジー行っておいでよ。」

「そうするわ。電話しよ。」

理想だ。

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うれしいこと

先日のワンデイの方から、嬉しいメールを頂いた。

天使はどこにでもいるんですね。神様、受講生の方、ありがとう。

昨日も栄のセミナールームで、ヒプノセラピーをお願いしている長野さんと、最近は、教える立場の人たちの意識が低いというお話したのだが、(長野さんは、高校の先生をされています。)リフレクソロジーのスクールでも、なんだかな~、というところがあるので、時々うなだれる。

他のスクールを悪く言うのもなんだけれど、(良いスクールもたくさんありますよ。もちろん)参考までに、時々覗くと、とんでもないことが書いてあったりするところがある。

受講料の高い、安いは、別にして、完全に間違っている、ということが書いてあったりするから、同じリフレクソロジーを教える立場の人間としては、残念で仕方ないのだ。

ここのスクールの受講生は、このまま覚えてしまうのかしら?と、不安になる。確かに、自分で調べれば、すぐわかる間違いなんだけどね。でも、教えるほうがそれでどうする?と、思うのだ。

我がスクールが完璧だというわけではないけれど、教える立場の人間として、受講生の方に責任を持って伝えていってほしいな、と、思う。(願う。頼む。何とかしてくれ~。)

また、昨日今日覚えたばかりの人が、スクールを開いていると、もうちょっと、経験積んでからにしてほしいな、と思う。

テクニックを伝えるだけなら、それでもいいかもしれないけれど、教えるほうも経験からくる講義をしないと、リフレクソロジーの本当のよさは伝えられないと思うのだ。

せっかく良いものを伝えているのだからね。

私の修行も続くのだ。

(うれしいこと。がタイトルなのに、愚痴になってしまった・・・すいません。)

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ダビンチ・コードの謎

昨日ダビンチ・コードの映画、世界同時上映を意識してか、テレビ番組もいろいろと特集を組んでいたので、見ていた。(原作読みました。)

この映画が、世界中で、波紋を広げているらしい。クリスチャンでない人にはわからない(私も、そうだけど)問題点。キリストの結婚説。が、どうやら問題らしいのだ。(あれだけ、テレビなどで言っているので、ネタばれ、ということはないよね?)

ただ、テレビを見て思ったのだが、新約聖書に、書いてないことをたくさん言っていた。

マグラダのアリアは、聖書には、キリスト最後の日のところにしか記述がない。
娼婦説があるらしいけれど(これ、最近までの、バチカンの公式見解だったらしい。WOWOWで、やっていた。)聖書にはどこにも書いてない。

よく引き合いに出されるのが、「罪無きものだけが、石を投げよ。」の逸話に出てくる不義を犯した女性。でも、ここにもその人がマグダラのマリアだとは書いてない。

ただ、この説を原作で読んで、「なるほど」と思ったのは、ヨハネの福音書での、ちょっと、不自然な記述が気になっていたから。

他の福音書には、ないのだが、最後の晩餐で、キリストが、裏切り者のユダのことを言うくだりに、

「弟子たちのひとりで、イエスが愛しておられた者が、み胸近くせきについていた。」
「その弟子は、そのままイエスの胸に寄りかかって、主よ、誰のことですか、と尋ねると・・・・」

というところがある。これって、男同士だと、ちょっと、不自然な感じがするなぁ、と思っていたのだが、これが、女性なら、しっくりくる。

この本の原作を読む前に、福音書を読んでいたので(ちょっと自慢?)みょーに、納得してしまった。

それにしても、日本のテレビ番組のいい加減さ。

イエスの足を涙で洗い、髪で足を拭き、香油を塗った女性も、どこにもマグダラのマリアとは書いてない。イエスはこの後、この女性の罪を許して、「安心して行きなさい」と、言っているだけ。(牧瀬理穂が、演じていたけど)

テレビでは、この行為は、結婚を意味すると言っていた。

番組にするなら、福音書ぐらい短いんだから、読んでみてよ。と思う。

昨日の続きじゃないけれど、情報って、参考にするぐらいが、いいんだよね。

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今日はいい天気!

久しぶりに名古屋は晴れ。お洗濯日和である。最近の長雨の所為か、うつうつとしてたので、心も久しぶりに晴々としている。

どちらかと言うと、気が弱いほうなので(うそをつけ!という言葉が聞こえてきそうだが)人の意見とかを聞いていたりすると、「私って、これでいいのかなぁ」と、不安になることもしばしば。

お陰さまで、最近は情報がたくさん簡単に手に入るので、便利といえば便利なのだが、その反面、振り回されたり、変に影響されたりしている自分がいることに気がついた。

振り回されている自覚は無かったのだが、心が不安になっていて、何故かしら?と思っていたところ、どうやら人の意見に過度に影響を受けていたようだ。

自分が感じている違和感をごまかしつつ、なんでも意見や情報は、あったほうが良いと思いながら、いろいろなサイトさんを覗かせてもらったのだが、どうやらそれが原因らしい。

自分に合わないものに近づいて、くたびれたみたい。

まぁ、自分の心が定まってないから、ということでもあるのだけれど。

今回改めて感じたのは、自分が弱っている時、自分にあわないものからの影響が、強くなるということ。

よくこういう仕事をしていると、お客様から、悪いエネルギーを受けるとか、そういう類の話を聞く。確かに、そういうことはあると思うのだが、それは自分が弱っている証拠だと思っている。身体や心が疲れている方がリフレクソロジーを受けにいらっしゃるのだから、元気満々エネルギーで来る方は、まず、いらっしゃらない。

それよりも、自分の弱っているものが伝わったら、というほうが、怖い。だから、いつでも、できるだけ心と身体の準備をして、お客様と、接するようにしている。

お客様には、「さあ、これから」という気持ちで、接するわけだから、大丈夫なのだけれど、情報なんかは、心の準備なく、接するので、その情報や言葉のエネルギーにやられてしまったのだろう。

自分と違う意見を聞くのも大事だろうけれど、まずは自分の心を定めてから。

今日は、おてんとう様から、エネルギー補給だ!

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今日は、ワンデイ

今日は、ハンドのワンデイだった。

遠いところから、来てくださった受講生の方、ありがとうございました。

教えていると、変な欲が出てきて、「もっと、教えたい!」と、思って、ワンデイでも熱くなるときがある。

だから、変な話だけれど、ワンデイだと、この人が、ベーシックの受講生の方だったら、とか、ベーシックだと、この人たちが、養成講座だったら、と、いつも思ってしまう。

もう、養成講座では、私の全てをあげる(いらないよね。)ぐらいの勢いなのだ。

以前も、広告の営業の方にまで、熱くリフレクソロジーを語ったことがある。たぶん、あちらも、仕事だと思って、根気よく聞いてくれたんだと思うけど、いい迷惑だったかも・・・。

以前の受講生が、アシスタントをしてくれた時に「私って熱すぎ?」と、聞いたら、かろうじて、「熱心です。相変わらず。」と、答えてもらって、ホット胸をなでおろしたこともある。(でも、本人目の前にして、「熱すぎ」なんて言えないよね。やっぱり。

とか何とか、言いながら、別に神様から、お告げがあったわけではないけれど、「リフレクソロジー本来の良さを少しでも多くの方に知っていただくが、私のミッションです。」と、言ってしまう私なのだ。

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前世の記憶?それとも・・。

昨日栄の仕事場に行く途中、若宮神社前に、人だかり。

どうやら、若宮まつりで、今から、お神輿が、出て行くところのようだった。

どうせなら、と、しばし、立ち止まり、見学させてもらうことにした。

皆さん装束をつけて、なんと、雅楽の人たちまでいるではないか。神社を出たところで、雅楽の演奏も始まり(結構好きなのです。雅楽)、ちょっと、得した気分になり、仕事場にGO!

なのに、背中にその雅楽の音を聞きながら、自転車をこぎ出したとたん、悲しくなって、涙が出てくるではないか。

とにかく意味もわからず、胸が痛くて、涙が出てきた。今まで、こんなこと無かったのに。
前世で何か嫌な思い出でも?と、思ったが、それなら、今までも感じていてもいいはず。
なんでだろう?と思いつつも、涙は、止まらない。

も、もしかして・・・。

世間ではすっかり、中年の域に達してしまった私だけれど、け、け、け、っこんしたかったのかしら?その昔、若宮さんで、結婚式を挙げるはずだったから?

もう、10年以上も前の話なので、自分のなかでは、解決済みのことだと思っていたけれど、実は、まだ心のどこかにあるのかな。(それとも、老いへの恐怖?)

自分の心のことなのにね。

せっかく気付かせてもらえたのだから、心とじっくり向き合ってみよう。

まだまだあるかもしれないし。

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久しぶりに

バレエです。

ここのところ、大人のバレエストレッチが、にぎわっている。

そう広くもないスタジオなので(天井だけは高い!3m)、大賑わい。

最初はじめた時は、2,3人(時にひとり)だったので、こんなになるとは。これも、ブームのお陰かしら?

1時間の半分は、ストレッチなので、年配の方も多い。(はじめた時は、そういう方を対象で始めたのだが)最近は、なんと、20代前半の方も参加されているので、平均年齢が、ぐっと、下がった。

物足らなくはないだろうか、と、心配していたが、そうでもない様子。

やっぱり本格的なバレエは、しんどいからね。これ位が、楽しめていいのかも。

3レッスンしているのだが、自分で言うのもなんだけれど、クラスのたびに、、人格が変わる。(おい、おい)

ちびちびチャンクラスは、あくまでもやさしく。次のクラスは、鬼。大人バレエは、楽しく。

でも、どのクラスも、少しずつ、うまくなっている。たかだか、バレエを足掛け3年やってきただけの私なのに・・・ありがたい。これは、ひとえに、みんなの頑張りなんだろうね。

教えるって、上から引っ張り上げるるんじゃ無くて、登りたい背中を押してあげることかな、と思う。

人に物を教える身としては、常に謙虚でなければ。

リフレクソロジーもバレエも私に何かを教えてくれている。

ありがたいことだね。

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お勉強

テキストの改定もほとんど完了!

あとは、図などを、完成させれば終了。

3週間で、かなり勉強したつもりになっているけれど、いかんせん、この歳、覚えるよりも忘れていくほうが早い。

解剖と生理学の本が当分は、お友達。手放せません。でも、解剖の本は、重くて、でかい。

ただ、心しておかなくてはいけないのが、ちょっと勉強した位でわかった気にならないということ。

先日もハーブ療法と同じ日にコースがあったので、病理担当の平田先生と、話をしていたけれど、足元にも及びません・・・・。(あたり前だよね。あちらは、きちんと医学の勉強をしてのだから、私のような独学とは比べ物にはなりましぇん)

コースの中でも、解剖と生理学、病理はあるのだか、これは、ほんとのほんとの入り口にしか過ぎない。(のれん越しに中をちらりと覗いたかんじかな?)

どちらかというと、勉強をするための基礎知識のようなものである。

これから、自分で勉強していく時のための準備のようなもの。

何事も奥は深い。

ただ、少しでも自分の体のことなのだから、知らないよりは、知っていたほうがいいと思う。

どこに胃があって、心臓があって、脾臓があって、膵臓があるとか、ぐらい。そして、その簡単なはたらきぐらいは、知っていて損はない。(養成のコースでは、もうちょっとやるけどね。)

他人事ではないのだ。自分の身体のこと。

勉強することによって、自分の身体を慈しむ心が強くなる。

本当に私の身体、毎日ありがとう。なのだ。

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最近

書いておりませんでした・・・。

先日のベーシックコースの受講生の方と、「考えすぎる」とか、「心配しすぎる」事について話をしていたら、丁度、ベビーマッサージの先生をお願いしているぱにあさんのブログにも同じようなことが書いてあった。

人間誰しも、感情はあるので、笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり、することは、自然なことと思う。

心配事も、悩むことも、人として当たり前だと思う。

厄介なのは、その感情を押さえ込んだり、それにとらわれることだと思う。

感じることによって、自分の本当の心が見えてきたり、気付いたりするのだから、いわゆる悪い感情だって、何かを私たちに教えてくれる。

瞑想の時だって、心を真っ白にしろと言われても、できない。でも、次から次へと湧き上がってくる想念に捉われず、ただ、ただ、流すようにしてなさい。と、言われた。(それだって、かなり難しいけど)

私自身最近の修行の目的は、「心配しすぎない」「くよくよ悩まない」みたい。

昨日の事、明日のことを思い煩う人は、顔色が悪い。とお釈迦様も言っている。

思い煩ったとして、誰が寿命を延ばせよう。と、キリストも言っている。

何事も「過ぎる」のは、よくないんだろうね。

いい(良い)加減で、いかなくっちゃ。

と、いつもながら、自分に言い聞かせてみる。

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奇跡

今日、玄関の電球の取替えをしていて、思った。

生きているっていうことは、奇跡なのかも、って。

我が家の玄関は、2階にある。おまけに、外階段。そこに、踏み台をもっていって、変えるのだから、電球の取替えは、とてもデンジャラス。

もし、今風が吹いて、ドアが、バァーーンときたら、おしまい・・・。そう思いながら、ふと、感じたのだ。生きているのは奇跡かも。

何事も無いことが、奇跡で、何かが起こるのが当たり前だとしたら、生きていること自体が素晴らしい。

赤ちゃんだって、何事も無く生まれてくるようで、実は、そうじゃない。

そう思うと、そんなに取り柄がないと感じていても、生きているだけで、いいじゃないか、と思えてくるから。生かされている、実感。

一度、その階段で、室内自転車?を、粗大ゴミに出そうと、えっちら、おっちら、おろしていて、自転車が、転げそうになって、「もうダメ、死ぬーーー!」と言うときがあったのだが、それこそ奇跡的に、自転車が階段に引っかかり、助かった経験がある。
あの時は、思わず「神様、ありがとうございます!」って、叫んでしまった。(それ位怖かったのだ。)

身障者の施設にいたときも、階段から落ちて、首から下が麻痺してしまった人もいたから、私にだって、何が起こるかわからないのだ。

今日一日の無事に感謝して、眠らなければ。(といっても、まだ、今日は続くけれど)

当たり前のことに、感謝だね。

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ポートバレエ

昨日は、友達からお誘いを受け、イタリア村のポートバレエを観てきた。招待券だったので、無料。(ありがたいことです。)見終わって、バレエを習い始めた子供達には、いい感じかな、時間も短いし、という感想。タイトルが、「カサノバァ」なんだけれど、サブタイトルというか、説明文に、 「好色男爵」・・・・なんだかなぁ、ではあったけれど。

それに何故だか、キトリやカルメンも出てくるし、曲目に「ロミオとジュリエット」とあったのだが、私の好きなバレエのプロロコフィエフ(だったと思う)じゃなくて、映画のロミオとジュリエットだった・・・なじぇ?(少人数だから、無理なんだろうけれど。でも、演奏していた人たちは、とてもかっこよくて、ダンサーたちより(ごめんね)、美しかったわ~。)

その後、お友達とご飯を食べに行き、しばし、おしゃべりタイム。久しぶりに、楽しい時間でございました。

こういう仕事をしていると、時々、先のことを考えては、足がすくみ、今までを振り返ると、穴があったら、入りたい・・・状態になることが多い。

そういうときに、こういう時間を与えてくれる友達はいいものだと、改めて感じる。

昨日を振り返って、くよくよしたり、明日を思って、ドキドキしたり、するよりも、今、という時間に気持ちを合わせて、楽しむこと。

それが大事だね。

そうじゃないと、気がついたときには、お茶はなくなっているのだ。

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笑顔

昨日おばあちゃんの笑顔を見て、「よいなぁ~。」と思った。

お風呂から上がって、好きな大河ドラマを見ているとき、とても嬉しそうに笑ったのだ。

かなり前の日記に書いたけれど、誰でも笑顔になると、黄金比率が生まれるらしい。だから、笑顔は、誰でも見ていて気持ちよいのだ。

栄のスクールの近くにランチを食べに行くお店があるのだが、そこのお店のお姉さんは、絶対笑わない。(笑)接客には、そつがないのだが、やっぱり笑わない。見たことがない。
最初嫌われているのかしら?と、思ったほど、笑わない。

そのお店に行くと、逆に笑顔って、大事だなと、感じてしまう。
(あっ、今度は私から笑いかけてみよう。)

笑顔って、本人ももちろん幸せだったり、嬉しかったり、楽しかったりして、笑うのだろうけれど、それを見た人も、いい気分になるから、いいよね。

「デカケルトキハ、ワスレズニ」(古っ)

もちろんお家でもね。

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人の身体って、素晴らしい2

まだまだ、お勉強は続くのだが、人の身体って、本当に健気。

細胞さんの働きに、頭が下がります。特に、胃の細胞が胃壁に傷ができたときに、周りの細胞が扁平化して、細胞分裂が済むまでそこをかばっているなんて、想像しただけで、かわいい。(と言ってもそんなことにならないようにしてあげるのが、本当の愛だろう!ってか)

それに知れば知るほど、人の身体って、それぞれがつながっているんだな、って。

ひとつの臓器の働きに他の臓器が関係しあって、影響しあっているんだ。

スクールでも、そう教えてきたけれど、勉強すればするほど、これほどまでとは、なのだ。

勉強することによって、改めてリフレクソロジーの「その方の身体のバランスを取る」ことの必要性と、そのことに対するリフレクソロジーの有効性を感じた。

NK細胞大事にしてあげよう。(どうやって?笑うのじゃーーー。)

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人の身体の素晴らしさ

最近書いたとおり、勉強をしながら、養成講座とベーシックのテキストを作り直しているのだが、勉強すればするほど、人の身体の素晴らしさがよくわかる。

毎度のことのように、うろ覚えで申し訳ないが、確か「バカの壁」で、養老先生が、どうして人を殺しては、いけないか?のところで、造って返すことができないから。(簡単に書きすぎて申し訳ない)というようなことが書いてあったけれど、大きく、うなずいてしまう。

それほど、人の身体の働きは、精密で、複雑で、高度で、(ああ、うまく表現できない。)

免疫のところを今重点的にやっているのだが、唸ってしまいそう。

前からわかっていたつもりだったけれど、こうやってもう少し踏み込んで勉強すると、いかにストレスが、身体に影響を与えるか、ということに驚く。もちろんストレスが全て悪いわけじゃないけど。(何事も、バランスです。)

毎日身体を緩める時間があることの大切さ。

日々、忙しく、アドレナリン過剰で働いて、年に何回か、一気に休暇をとるとかじゃなくて、短い時間でも、日々、心と体が緩む時間の必要性。

健康オタクにならなくても、笑う時間や楽しむ時間、心が、気持ちいい、と思う時間を作るだけで、免疫は、ちゃんと、働いてくれるんだね。

逆に言うと、いくらいいサプリメントを取っていても、心と身体が、緩まなければ、効果もあんまりないと思う。

笑うとNK細胞が増えて、活発になるという報告もあるように、笑うことの効用なんか素晴らしいと思う。

忙しくて、なかなかそんな時間はない!という方もいるかもしれないけれど、毎日は無理でも、週に何回かは、ゆっくりお風呂につかるとか、漫才でも見てみるとか、何かやってみてくださいね。

ただ、ゆっくりしなくては、緩まなくては、というのもストレスになるので、何事も頑張り過ぎないように。

自分じゃ無理!という方は、時々リフレクソロジー、受けに来て下さいね。(と、何気に宣伝)

*お空を見て、ぼーっとするのもよいですよ。

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私が言うのもなんだけれど

最近身体がすっきりしている。

何がと、言われても、こういうところが、と、はっきりとはいえないけれど。朝早く目が覚め、その後もすっきり。自主トレをサボっているにもかかわらず、レッスンの時に身体が軽い、とか。

何故なのか、思い当たることといえば・・・

PCに向かう時に、姿勢が悪いのか(心の問題?)右の肩が重かったことと、久しぶりに、首と胸にアトピーが出たので、せっせと毎日のように、まじめに(ここ重要)、セルフトリートメントをしたことかなぁ。

それに、3月4月とコースの中でモデルになることが多かったからかもしれない。

リフレクソロジーは、どこどこが悪いから、こうしましょう、というものではなくて、流行(なのかな?)の言葉で言えば、体内環境をよくするようなもの。

身体が最大限にその能力を発揮するようにしてあげるものなのだ。

だから、一度や二度受けても、特に何も変化がないと感じても(一度や二度で、素晴らしく変化する時もあるけれど)しばらく続けていると、「あれ?」と、思うことがあるのだ。
時には本人は何も気がつかなくて、周りからその変化を指摘されることも、多い。「最近、すっきりした顔しているね。」とか、「最近、肩こったって、言わないね。」とか。

身体の調子が悪くなる時も突然悪くなるというより、日々の様々な事が積み重なり、だんだんと身体に影響を与えていくように、よくなるときも、だんだんと。

特に病気じゃなくても、身体って(もちろん心も)くたびれている。

病名がつくような状態になる前に(「だんだん」の段階でね)、心と身体のメンテナンスするのはいいことだと思う。

身体の調子がいいと、心にもたっぷり余裕ができて、いい人になれるしね。(笑)

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朝からころころと

気分が変わるようだけど。

栄のトリートメントルームに出かけてお掃除を済ませてきた。

往復の道。

新緑がそれはもう、きれいで。

ほんとに新緑の頃は、木から元気をもらう。

枯れたようだった木に、新緑が萌える。(最近この言い回しは、怪しいかしら?)

それに、暑い!

先週までの肌寒さは何処?

半そでTシャツでも、暑いです。

でも、なんだか元気がないときは、暖かさ(という、レベルではないけれど)が、心に心地よい。常夏の国の人が陽気なのもそのせいかしらん。

太陽と木から、元気をもらいました。

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ということで

お天気はよいし、(きっと神様が応援してくれているに違いない)ご飯も食べて、ホット、一息。(そんな程度かいっ?)

掃除して、洗濯物干して、銀行に行って、今日も、一日、がんばるぞーーー!おう!

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はぁ~。

朝からなんだけれど、何事も知れば知るほど、自分の足らなさに気がついて、ちょっと落ち込む。

「これでいいと思うほうがおかしいんだ」

と、言われたこともあるけれど、それにしても、・・・。

いい意味自信は必要だと思うのだけれど。

復活するには、勉強するしかない!

落ち込んでいても、先には進めないからね。

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