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父の思い出

今日は日の光がめっきり春めいていて、ブラックベリーの枝にも春がやってきているらしく、新芽が出ていた。
お布団も乾して、パタパタとやっていたら、何かが足りない・・・ベッドカバーが見事に風に飛ばされていました。

なぁーんて事を書いていると、タイトルが意味不明になってしまう。(いつものことか・・・)

先日久しぶりにいらしたお客様と旅の話をしていて、アメリカの話になった。

「私アメリカは一度しか行ったがないんですよ。」と、お客様(ま、珍しいことじゃないけれどね。)ハワイと香港はトランジットしかないんです。と、私が言うと、珍しいですね。と言われ、「ハワイでトランジットして、サンフランシスコに行ったんです。」というと、ビックリされた。

もう27年も前のことなので(かといって、プロペラ飛行機ではないですよ、ジャンボだって。パンナムの。古。)そのときはそういう便があったのだ。

まだ、成田もできたばかりで、リムジンバスのことを「なんて高級なバスなんだ」と、思っていたころ。(そう、あのどうの長い車のことだとばっかり思っていたのだ。恥)

父親の仕事の都合で、お正月に行くはずだったのを学校を休んで出かけた父と二人の旅行。(今でも覚えている1月13日出発)

チェックインしてから、できたばかりの成田をぐるぐる回って飛行機の時間を待ち、ドリンクカウンターで、飲み物を飲んだりしてちょっと大人の世界。あのころの成田は、ほんとにきれいで、旅行者も時期はずれで少なく、夜の定期便を待つ人たちは、非日常の世界だったのだ。(母が少し大人の装いをさせてくれたのも一役買っていた)

家庭がフクザツだったので、両親とも一緒に住んでおらず、父とも苗字が違っていたので、いろいろとおもしろいことがあった。

そんな時期なので、ツアーの中は、新婚旅行の人たちばかり。

飛行機で隣り合わせたクールな新婚さんは、その後旅行中もいろいろとご一緒させてもらったのだが、ある朝の食事中、成田でチェックインの時、私たちの苗字が違うので、二人でこっそり「会社の上司とOLのお忍び旅行に違いない。」と言い合っていたと、打ち明けられ大笑いしたし、サンフランシスコでは、部屋に入ったら、ダブルだった。(すぐに変えてもらったけれど)

東京についたのが深夜近くだったので、その日は東京に泊ることになり、ホテルにチェックインしたら、フロントの人が「奥様のご署名もお願いします。」といって、父の血圧を上げた。
「娘はまだ、13だーーーーー!」

生きている間は、くそ爺ぃい、とばかり思っていたけれど、こうして振り返るとお客様の言葉じゃないけれど、あの時代にいろいろな世界を見せてくれたことは、今思えば、ありがたいことだったんだなと、幸せだったんだ。

フィリピンに家族で出かけたときも30年も前の話なので、戒厳令がしかれていたのだ。(そのときは戒厳令なんてことはどういうことかわからなかったけれど。夜11時以降は、外出禁止だった。)

一緒に住んだことはほとんどないので、日常の思い出もほとんどないけれど、私の人生に影響を与えてくれた経験はいろいろともらっていたんだ。

親を選んで生まれてくると言うけれど、父のことは、死んでしまったせいでもあるのだろうけれど、なるほどな、と、思うのである。

あのころの父は40過ぎ。私はそのころの年齢に近くなったんだ。

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