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2006年1月

受講生のコメント

HPをご覧になってくれている方は、お気づきかもしれませんが、先日から、受講生のコメント、を載せている。

これは、自分で自分のスクールをなんだかんだと、書くより、受講生の方の感想を載せた方がスクール選びのときに、ひとつの目安になるのでは?という御意見をいただいたので、受講生の皆さんにお願いしたのだ。(こうしたら?といわれると、すぐ、そうしてしまう私。)

もちろん、当の本人宛てに書くので、受講生の方も文句は書けないとは思うのだが(もちろん、悪いところでも構いませんよ。これからの参考にしますから。言ってもらって、なんぼ。ですから。)それにしても、その内容に感動してしまった。

忙しい時間の中書いてくださった受講生の皆さんには悪いけれど、もっと、当り障りのない感じかと思っていたら、これが皆、しっかりとした内容で、「え、こんな風に思ってくれていたの。」だったのだ。

書いてもらえるだけでも嬉しいのに。

コメントを書く時間を作ってくれて、送ってくれて、それだけでも嬉しいのに。

小さなスクールなので、大手のような立派なパンフレットもないし(お金がかかる)宣伝もほとんどできないし(お金がかかる)スクールも築23年のマンションだし(安いから)。

その小さなスクールを見つけて、選んでくれた。それだけでも、感謝なのに。

皆さんのコメントを読んでいると、私以上に、このスクールのことをわかってくれているんだなぁ、と、感動してしまった。

時々不安になることもあるけれど、目指しているスクールになってるじゃん!と、皆さんのコメントに勇気付けられた。

皆さんありがとうございます。

皆さんのお陰で、これからも、規模を大きくするのではなくて、質を向上させていくスクール、を続けていけそうです。

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セルフトリートメント

最近ヘッドマッサージが続いたせいか、腕がだるくて、背中も少し痛い。(ヘッドの時に、二の腕の贅肉がブルブルするので、きっとかなり負担になっているに違いない。笑。)

心の問題も思い当たる節があるのだが、しばらくぶりに昨日、セルフトリートメントをしてみた。(身体は固い人にとっては、セルフはハンドのほうがお薦めだけど)

セルフはよくするのだが、真剣にするのはあまりない。不思議と適当にするのと、真剣にするのとでは効果が違う。普段は肩がこったかな?と思うと、肩や首の反射区を自分の足なので強めに適当に押してしまうのだが、あまり効果がない。
自分の足をお客様だと思って、適度な圧で、丁寧にトリートメントすると効果がある。
これこそリフレクソロジーの身体全体のバランスをとれば自ずと調子はよくなる、ということなのだな、と、いつも思う。

昨日は、お昼前に丁寧にトリートメントをして、しばらくすると、足が温かくなってきて、その温かさが段々足から身体の方まで登ってくる感じがして、眠くなった。(足から段々溶けていく~と言う感じ。)
そこでお昼寝~。

3,40分して、目が覚めると、背中全体が熱い位にポカポカしている。(やっぱり、冷えていたのねぇ。)
足も、じんじんとしている。
1時間足らずの眠りが一晩のように感じる。
やっぱりセルフも丁寧さが大事ね、を実感。

昨日の夜は、おばあちゃんとてんぷらを食べにいってから、眠くてしょうがない。
確かに最近は夜遅い日が続いていたとはいえ、久しぶりのけだるさ。

10時に就寝いたしました。

今朝は、快調です。

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情熱なのか、ただのおせっかいか?

昨日は、栄のセミナールームでアロマをお願いしている石田さんとコーヒーを飲みながら、3時間半位お話してしまった。一杯のコーヒーで。(お店の方、ごめんなさい。)

彼女のHPにもあるとおり、彼女はまだ、経験が浅い。それで、畑が違うとはいえ、同じセラピストとして、なんだかんだと助言と言うか、文句と言うか、変な世話焼きおばさんのように、頼まれもしないのに、ついついいろいろなことを言ってしまうのだ。

時々、彼女の先生でもない私が、(コースに参加してくれるので、来月からは先生になりますが)こんなことまで言うのは、おせっかいかも?とか、悩むこともあるのだ。(ほんとだって)でも、昨日、私の最初のころのことも話していて気がついたのだ。

私がこの仕事をはじめた時は、相談する人も誰もおらず、リフレクソロジーのサロンも個人のところなんてあまりなく、リフレクソロジーという名前さえ知らない人が多かった。

そんなときに、オーラ・ソーマのティーチャーには色々と教えてもらったのだ。それもこちらから聞くわけでもないのに、サロンに、お客様としてきてくれたときも、ああすればいいんじゃない?こうすれば?そういうときはこうするのよ。とか。

実際に、セラピストとしてたくさんの経験を積んでこられてきた方から、いろいろなお話を聞かせてもらえたのは、今思うと、本当にありがたいことである。

その助言やら、お小言やらが、今とても役に立っている。

「些細なことにも、心を配る」とか、「常に瞑想的に」、とか、普段の立ち居振る舞いに関することも、それこそしつけのように、細かなことも注意された。

そのころの私にとっては、ティーチャーの言葉は、ありがたかったことはあっても、おせっかいだなんて思わなかった。(怖かったけれど。今でも怖い。でも、怖いなんて書いた事が知れたら、もっと怖い。だってーー、アマリン。いい意味で怖いのです。)

あの頃は、ある意味注意されたりすることが逆に自信に繋がったのだ。認めてくれているところがあるから、言ってくれるのだと。(勝手な思い込み?)

オーラ・ソーマに対する愛情と言うか情熱と言うか、教える側の思いも知らないうちに学ばせてもらったような気がするのだ。

人から人へとバトンのように、自分が与えてもらったことを、今度は自分が誰かに手渡していく。そういうことなんだな、と。

私の場合、人から見れば、ただのおせっかいかわからないけれど、本人は、情熱だーーー!愛情だーーー!と、固く信じているのである。(またまた勝手な思い込み?)

何かを人に教える、伝えていく、ということも含めて教えられてきたんだなぁ、と、改めて感じたのだ。

今までに出会った先生方には、本当に感謝してます。

私も「おせっかいばばぁ」「もんくたればばぁ」としてでもいいから、時々思い出してもらえるような先生目指して頑張ろうと、思います。

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業務連絡

2月18日(土)19日(日)に、アシスタントお願いできる方、ご連絡くださいね。

どちらか一日でも構いません。

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かかりつけセラピスト

以前に書いた(もちろんリンクもしているけれど)イギリスから帰国されたばかりのふじさんのHPに、「かかりつけセラピストの薦め」というのがある。

お陰さまで、とーーーーーっても、細いけれど、かれこれリフレクソロジーを仕事にして、7年目になった。

意識したことはなかったのだけれど、うちのお客様には、長く通ってくださっていて、ご自分の身体の調子や、生活のことなどを相談されにいらっしゃる方も多い。

お医者様に聞けないようなことも相談されることも多い。心の持ちようとかね。

なぁんだ、私もかかりつけセラピストじゃん。と思ったのだが、そんなことを思っているとき、とってもお久しぶりのお客様からの電話を頂いた。

1年半ぶりぐらいなのだが、(それまでもお電話いただいていたのだけれど、予定が合わなかったのだ)体の調子が悪くなると、うちを思い出してくれるそうである。

普段の生活の相談なども受けて、お見送りした時、「また何かあったら、聞きに来よう。」と、つぶやいて帰っていかれた。

相談といっても、いわゆる世間では誰でも知っているようなことなのだ。

早く寝るとか、お風呂にはつかって身体を温めた方がいいとか、特別なことではない。

どちらかというと、どうでもいいような、人に聞くまでもない話なのだが、そのお話の中で、それこそ、どうでもいい話をしながら、アドバイスする。それがいいんじゃないのかなって、思う。

自分の身体の変化がわかる人に、どうでもいいようなことを聞いてみる。いわゆるダメだしのようなものなのかもしれないけれど、人って、人から言われると妙に納得するものなのだ。(相談ごとってそうでしょ?)

長く通ってくださるお客様の中には、自分が3年前まで、花粉症だったことを忘れている方もいる。いつ、膝を痛めたかも。果ては、いつ旅行したかも。

セラピストに変な依存をさせるのは、ご法度だけれど、自分のの健康管理のパートナーとして、長く通うのは、いいと思う。

セラピストも大きな視点からその方を見ることができるし、その方自身、自分の体のことに自分が参加する(自分の身体は、自分がケアする)、という意味では、全てを医者任せにするより(もっとも、お医者様が必要な場合は、別)いいのではないかと。

もっと、たくさんの人に、ご自分の身体に意識を向けられる日が来るといいなぁ、と思う。それには、かかりつけセラピスト(リフレクソロジストのほうがやっぱりいいなぁ)を、持つことも、あり。かと。

知らないうちにそうなってしまったのは、ありがたいことである。

お客様に感謝です。

これからも、勉強します。

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職人の世界

昨日おばあちゃんの家でタラちりを食べながら(だって、寒かったのよ。)NHKの番組を見ていた。(おばあちゃんのところは、NHKオンリー)確か、プロフェッショナルなんとか・・、という番組。

私が見たのは、お菓子の職人さんの話。(名前とかは覚えていないのよ~。)

フランスで優勝されたことのある方で、今はご自分の店を構えている。

そこで、アナウンサーの方も聞いていたけれど、「どうして、地位や名声に、こだわらないのですか?」

最初の紹介の時も「支店を出さず、デパートの出店も断わって、一軒の店を開いている、云々。」と言っていたけれど、地位とか、名声は、(もしくは有名)とは、一軒の店では得られないのか?みんなそう思っているのか?不思議でならなかった。

テレビに取り上げられ、各都市には、自分お名前を付けたお店を出す、とか、そういうことだけが、地位や名声に、なるのかしら?知る人ぞ、知る、ではいけないのかしら?地位や名声イコールが、その職人さんの評価なの?

レベルは、違うけれど、自分のことを職人だと思っている私は、この番組に出ていたパティシエの方の気持ちがわかるような気がするのだ。

自分の作品は、自分にしかできない。同じレシピを使ったとしても、同じ物はできないと思う。

人から学ぶことも、あるレベルまでは、学べても、それ以上のことは、その人、の味。その人の個性。(だから、面白いのだけれど)

この方と同じ考えかどうかは、わからないけれど、私のトリートメントは、私にしかできない。うちの受講生の方が、サロンを開いたとしてもそれはその人のサロン。その人のトリートメントを受けるところ。

それに、自分の目が届く範囲には限界がある。店を広げないのも、よくわかるような気がするのだ。(だから、うちのスクールは、どこまでいっても、少人数制。)

そういえば、うちの近所の中華料理屋さんは、とてもおいしくて、こじんまりとしたそして、少し小汚い感じのお店が好きだった。

「ああ、あそこの肉団子が、食べたーーい。」と、身もだえするほど、おいしかったのだが、店を倍以上に広げたとたん、身もだえする肉団子は、消えてしまった。(私のお腹には、肉団子が形成されているけれど・・・。)それでも、よそで食べるよりはおいしいのだが。

私を(人それぞれだからね)身もだえさせる何かは、その人にしかできない、匙加減だったのだろうね。

このパティシエさんはそれがよくわかっていると思うのだ。

NHKの番組に出るぐらいだから、それこそ有名な人なんだろうけれど、ご自分の仕事の邪魔にならない程度に、職人としての心意気を聞かせてもらえる機会があるのはいいことだと思う。

私も小さいながらも、知る人ぞ、知る。スクールを続けていきたい。

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出会い

先日もチラッと書いたけれど、新しい出会いがあったのだ。

HPにも、ブログにもリンクしたふじさんとの出会い。

イギリスで、補完療法と出会って、リフレクソロジーを学んで、イギリスで、リフレクソロジストとして活動されていた方。

先日帰国されて、これからは、活動の拠点を東京に移されるようだ。

mixiで、その存在を知って、何度かメールのやり取りをして、リフレクソロジーに対する考えが似ているということで、私のスクールに遊びに来てくださったのだ。(ご実家が三重県ということもご縁だわ。それも名古屋寄り。)

ホリスティックな補完療法としてのリフレクソロジーを皆さんに知ってもらいたいということ。

それを行うリフレクソロジストがこれから日本でも増えていって欲しいということ。

教育する側もそれに見合う知識と経験を積むこと。

資格はゴールではなくて、スタートだということ。(うちの受講生の方にはいつも言っていることだが。)

スクールは少人数制がよいということ。(だって、実技を学ぶのだからね。)

どのスクールを出たかよりも、その人が、リフレクソロジーとどう向き合っているかが大事だということ。(でも、うちの修了生は、さすがあはなた出身!と、言われるように頑張ります!)

などなど、共通の思いは、たくさんあった。

私やふじさんと同じような考えをもっている方は他にもたくさんいると思う。

ひとりだからできることもあるが、力をあわせたほうができることもある。

これからも、素晴らしいリフレクソロジストさんとの、出会いが楽しみなのだ。

まずそれには、自分を磨くことを忘れないようにしなければ。

これでいい、ということはないのだ。

自信と謙虚さは、大事だね。

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悪い事には敏感?

昨日ふと思ったのだが、悪い予感は何故当たるのか?

悪いことには、敏感だからかな?と思ったのだ。よい事というのに対しては、鈍感というか、すごくよいことじゃないと、あまりよいことは、感じないのでは?と。

どこかに、けっつまずいた、とか、渋滞に巻き込まれたとか、悪いことには、敏感に反応するが、スムーズに歩いてこれたとか、バスが時間通りに来たとかには、それほど、よいことだとは思わないのではないか。

これは当たり前に生きているということに感謝の気持ちが足らないということでもあるのだろうけれど。(はい、感謝が足りません、反省しております。)

身体についても言えることで、悪くなった時は、敏感に反応するけれど、よくなったときは、気がつかない人も多いと思う。

悪いことは、それこそ悪いことではなくて、よいことに気付くためのきっかけになるんだろうね。

大病をした人が、健康のありがたさを感じるように。

私も身障者の施設にリフレクソロジストとして働いていた時に感じたこと。

「自分の足で、好きなときに好きなところに行ける幸せ」

感謝の気持ちがあれば、全てはよいことに感じるのだろうね。

何も起こらない、といういい予感。

私たちはほとんど、いい予感、のなかで生きている。

そんな気がした。

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トリートメントの圧力

日本人は(平均的なという意味ですが)強めの圧で施述されることが好きな方が多いようだ。だから、「痛気持ちいい。」を欧米式のリフレクソロジーにも望まれる方が多いと思う。

うちのお客様の中にも、最初は、ソフトな施術に驚かれる方も多い。

でも、単に圧が弱いわけ(他と比べると)ではなくて、それなりのテクニックがあるので、反射区には、しっかりと働きかけている。

足の裏も筋肉でできているので、身体が疲れている人や緊張がある人は、足裏が刺激に鈍感になっている場合が多い。

そういう方の場合、最初のうちは反射区に働きかけるというより、筋肉をほぐすことから始まるのだ。筋肉がほぐれていないのに、無理に圧をかけると、筋肉自体にダメージを与えてしまう場合があるし、欧米式の手技で強い圧をかけると、施術側の指を痛めてしまう。

いわゆる健康な方でも、トリートメントを重ねるうちに、足裏が敏感になってきて、最初よりも圧を強く感じる方がほとんどである。

うちの姉のだんな様もそのひとりで、最初は「もっと強く押して」と、言っていたのが、最近では、強く押さなくても、満足しているようで、痛みを感じる場所すらあるようになった。(もちろん、飛び上がるほどではないですよ。)本人も「おもしろいねぇ。」と,言っている。

肉体的な感覚には個人差があるし、好みの問題もあるので、どの圧がよくて、悪いかは、言えないけれど、痛みを感じなければ、効果がない、ということではない。のである。

心地よいと感じることは、心と身体を緩める。

心と身体を緩める、まずはそこから始まるのだ。

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再びご縁

昨日は、初めてお会いする方があって、リフレクソロジーについて色々とお話をさせていたのだが、私と同じような考えをしている方で、あっという間に時間はすぎてしまった。
同じ仕事をしている人でも同じような考えをもっているとは限らない。貴重なご縁を頂いた。

その夜は、これまた、ひょんな事からご縁を頂いたrioさんが、お泊りに来てくれて、初めてゆっくりとお話をしたのだ。いつもは、お客様として来ていただいたときに、お話をする位なので(それでも、結構話をするけれど・・。)時間を気にせずにのんびりというのは、初めてなのだ。

rioさんとは、趣味なんかもじぇんじぇん違うから、共通項というのはないのだけれど、何故だか一緒にいても疲れない。きっと、rioさんは、聞き上手だから、おしゃべりの私に合っているのかも知れない。それに、rioさんは、柔らかな印象を持っている方なので、そういうところをじぇんじぇん持ち合わせてない私は、密かにあこがれているのである。(ううう、本人に知られたら、付け込まれそうであるが・・・。いたずらっぽいrioさんの顔が浮かんでくるにょ。)

たかだが40年の人生だけれど、いろいろな方とご縁を頂いているのだ。

一瞬のようなご縁の方から、ながーいご縁の方まで。

先日も受講生の方と話していたのだが、縁というのは、必ずしもよい縁だけとは限らない。一見すると悪いご縁だったりすることもある。喧嘩別れしたりとか、いじめられたとか、そのときはよくない関係だったとしても、あとになれば、そういったご縁も含めて、自分には必要だったと思うことがほとんどである。

いいにつけ、悪いにつけ、ご縁というものは、それこそご縁があるから自分の人生に関わってくるのだろうね。

全てのご縁に感謝できる、ように生きていけたら、最高だね。

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ご縁と、自信。

身障者の施設の仕事の話を頂いた時気軽に引き受けてしまったのだが、その後思ったのが、「果たして、私に務まるだろうか?」だった。

よくよく考えたらその施設は、重度の身障者の施設で、足の感覚がない人や、意思の疎通ができない人が、多かったのだ。

結果は、できない仕事は回ってこない。で、とてもいい勉強をさせていただいた。その前に、病院でのボランティア経験と(足が尖足になってしまった方や車椅子の方へのトリートメント経験)その施設の方の個人的な仕事の経験がとても役に立ったしね。

リフレクソロジーに限らず、これから何らかのサロンを開きたいとか、仕事をしたい人の不安は、どのようなお客様がいらっしゃるか?の、ようだ。特に個人的に仕事をしようとされている方は、いろいろな意味を含めて。

私自身の経験に照らし合わせれば、自分にあった方がいらっしゃる。そして、その技量と経験に合った方がいらっしゃった様な気がする。

最初は、どういうものかしら?という方。(特に私が始めたころは、まだ、知名度がほとんどなかったからね。)それから、何回か通ってくださる方がでてきて、症例を取ることができるようになったし。それとともに、自分の自信も出てきた。教えてもらっただけではない、お客様の変化を目の当たりにすることは、本当に勉強になるし、リフレクソロジーに対する自信も(変な表現だけれど、自分の身体がよくなっただけでは、自信もイマイチ)強くなっていった。

教えることも、段々と、という感じ。教える機会を何度か頂いて、それで、人に教える、ということを学ばせていただいた。

私の場合、自分に自信がないほうなので、(だから時々虚勢を張って生きてきてのだが)色々な方に経験を積ませていただく機会を作って頂いて、本当によかったと、思っている。

突然大きなスクールの講師に抜擢されるとか、サロンが大繁盛するのも、その人にあった経験だと思うけれど、私の場合は、ちがう。

少しづつ。

自分になかった自信というものを少しづつ固めていく。

それが私なんだなぁ、きっと。

それを支えてくださった、たくさんのご縁を頂いた方たち。

感謝しています。

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リフレクソロジー

手前味噌になるけれど、あなはたのトリートメントは、施術側の身体の負担が少ないようになっている。(もちろんベイリーの手技が、基本なのだが)
それでも、指の使い方次第によっては、痛めることもあるので、この指導には気を使う。

前にも書いたことがあるけれど、正しい指使いと姿勢、心の持ちようがあると、施術側にとっても、気持ちよく、身体の調子がよくなる。

ボディ・ワークをしている人なら感じることだと思うけれど、施術側の緊張は相手に伝わる。だから、施術する側が、いかにリラックスしているかも重要なのだ。

最初習い始めたうちは、後ろにこわーーーい先生(私のことね)が、ずっとついていて、いちいち何か言うものだから、受講生の方も緊張している。もちろん、反射区の場所や手技がまだ、覚えられないので、施術に集中するということも出来ないのだけど。

今日は、養成講座の最終日だったので、受講生の方も余裕を持って施術できる様になっていたのだけれど、「施術する方も気持ちいいですね」という感想だった。

お互いをいいエネルギーが流れる。

最後に行うエネルギー交換の時間が、特に気持ちいいのだ。

以前は、お客様で来ていただいていた受講生の方も、前は「先生これ長いですよね。」と言っていたけれど、その方も長くなっているのだ、その時間が。

そして、とても気持ちいいと感じるよう。

よいトリートメントは、もちろんテクニックも大事だけれど、施術側も気持ちよい、それが一番なんだろうね。

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お月様

昨日は、満月だ、というのを、朝テレビで見たけれど、雨が降っていたので、「今日は無理だなぁ」と、思いつつ、雨の中、養成講座があるので、出かけた。

コースは、大変だけれど、楽しい。

自分の好きなことを好きなように教える。(だって、自分のスクールだもん。)

幸せだなと、思いながらも、自分でやっているので、時には、これでいいのか?とか、もっと、お金をかけたテキストにしたほうが、受講生は集まるかしらん、とか、いろいろな事で悩むこともある。

でも、そのたびに、そう言えばテキストもしょっちゅう足らないところをたしたり、こうしたほうがいいと思うと、変えたりしているから、お金をかけてテキストを作ったらそれこそ、そんなことができなくなるじゃん、と、思い直し、やっぱりこれでいいのだ、と、ひとり納得したりするのだ。

そんなことやあんなことを思いながら、すっかり雨の上がったスクールの帰り道、ふと空を見上げると、お月様が。

薄く雲のかかった空に輝いていた。

それでいいよ、と言ってくれているよう。

いつもお月様は、励ますように私の前に現れてくれる。

そんなお月様が私は好きだ。

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リフレクソロジーを受けた後の飲み物

サロンによっては、トリートメントのあとにハーブティーを出すところがあるけれど、我がサロンは、水または白湯である。

けっして、けちなわけではない。(念のため)

リフレクソロジーの効果としてあげられるのは、排泄効果が高まる、ということである。
経験のある方もいると思うけれど、トリートメントを受けた後は、鼻水や咳、痰、涙、おしっこ(食べながら読んでいる人がいたら、ごめんなさい。でも、ながらはよくないよ~。)うんちくん(うんちくじゃないよ)、が、出やすくなる。そして、その匂いも強くなることがある。(毒素が増えるため)
なので、その効果を高めるためにも、肝臓や腎臓にも負担をかけないためにも、水、または、白湯を飲んでもらうのは、よいのだ。(うちの受講生で、シャワーやお風呂なら何がいい?って、聞いたら「お湯」と答えて、納得した人がいたけれど、そういう感じ。身体を中から洗い流すイメージね。)

お茶なんかはどうですか?と聞かれるけれど、どのようなものにも、なんらか作用があるのだ。もちろん、ハーブティーにも。

ハーブティーは、ハーブ療法の領域である。というのも理由のひとつ。我がスクールでは、ハーブ療法の講座も開いているので、(平田が担当だけど)ハーブには慎重なのだ。

確かにハーブは、薬ではないけれど(今の日本の現状では)でも、薬、草、なのだ。
リフレクソロジーにもいえることだけれど、そのものを知れば知るほど簡単には扱えない。
私は専門家ではないけれど、ハーブのことは平田にいつも、聞かされている。

排泄効果が高まるハーブティーなら、相乗効果があってよいと思われるかもしれないけれど、リフレクソロジーの好転反応も人によっては、強い場合がある。そのときに相乗効果があったら、その人の身体にとっては負担がかかる。それに、もし何らかの身体の異常が出たなら、何が原因か特定しにくい。(リフレクソロジーには副作用はないといわれているけれど。ベイリーでも、だから、他の療法を同時に受けない方がよい、と教えられたしね。)

ハーバリストは本来なら(日本ではできないけれど)その人の身体の状態、体質、生活、既往歴など、それこそ、ホリスティックに見てから、ハーブを処方するらしい。
このハーブはこういう人によい、ということは、一概に言えないそうなのである。(だったよね?先生?)

薬を服用されている方は、もっと、慎重にハーブティーを選ばなければいけないらしいし。

ハーブティーを簡単に勧めないということは、ハーブ療法を尊重していることにも繋がる。
(自分が専門家ではないと言うこと、ひとつの確立された療法だからね。)
そして、それは、自分の療法も尊重していることに繋がるのだ。(自分を尊重して欲しければ、相手も尊重すること。)

だから、うちでは、白湯か水なのだ。けっして、けちではないのだ。

と、ながながと、けちではないことを訴えてみた。

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ダライラマ

今年はいろいろなキーワードがあるようで、(という、表現をするのかしら?)ありのままの私とか、素直な心とか、何度も人から言われたり、目にしたりする。

昨日の曽野綾子さんの言葉そうだけれど、昨日はダライラマの言葉。

これまた、はっきりとは覚えていないのだけれど。

「今起こっている問題を解決しようとしているなら、今の問題だけについて話すこと。過去を持ち出してはいけない。」

先日から、なんとなく、心に残っていて、最近の問題解決にこの方法でやってみようかなぁ、と、思い、実践してみたのだ。そしたら、なんと、昨日のお客様からも「ダライラマの言葉がメールで送られてきたから、見てみますか?」と言われ、見てみたら、この言葉だった。

問題解決をするのに、相手がいる場合、過去を持ち出して、ぐちゃぐちゃになってしまう事は多いと思う。特に痴話げんか?とか。(過去に覚えあります。)

口に出して、相手に言わなくても、心の中では、過去のことを攻めていることが多いと思う。

過去の思いにとらわれて、些細な出来事の解決の妨げにしているのだろうね。

経験から学ぶこともあるけれど、過去の経験が、邪魔をすることもあると思う。

あの人は、これこれの時にこうだったから、こうに違いないとか、前はこうなったから、今回もこうなるに違いないとか。

勝手に思い込むことは、自分の心を乱すだけ。

何か出来事が起こったときや人と接する時は、お洗濯した心で、向かうのがいいのかもね。

ダライラマに感謝です。

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全ては何かの為に

ひとりで生きているつもりでも、実際はいろいろな人にお世話になったり、頼ったりしながら生きている事に時々気付く。(おいおい、時々かよ~。)

困難な事にぶつかると、人に頼ったり、避けたりしながら、真正面からぶつかってこなかった自分に気付く。

若い時ならば「私できなーーーい。」なんていうのもかわいいけれど、この歳になると、そうも言ってはいられないしね。

前に書いた曽野綾子さんの「私の中の聖書」と言う本の中に、何故だか忘れられないところがある。

読んだ時は、「同じ物(聖書)を読んでも、これだけ解釈が違うのか」と、思っただけなのだが、(もちろん、曽野さんは、クリスチャンで、私と違って、教養も、才能も素晴らしい方だけど)その後、聖書の内容ではなくて、曽野さんの言葉が強く印象に残ったのだ。

有名な「叩けよ、さらば開かれん。求めよ、さらば与えられん。」の、くだり。(前後のキリストの例えは?という方も多いかも。興味のある方は、ご自分で読んでみて下さい。)

私は、こんな図々しい真似はできない、と、思ったのだが、曽野さんは違う。

「私たちの中で、こぶしを真っ赤にしながら、戸を叩き、本当に求めた事がある人がどれだけあるであろう。」(詳細は、うろ覚え。あしからず。)

この部分が、私にはこたえた。

私には、今までこれが足らなかったのだと。

最近は困難続きで、何とかかんとか毎日を送っているのだが、今までなら、道の半分も行かないくせに、「私はこれだけ頑張って歩いたから・・・」「一生懸命歩いているのに・・・」なんて、いいわけばかりを言っていた。(時に言い訳をする事も大事だけれどね。といって、また、自分を甘やかす私。そういえば、聖書も挫折中)

最近の困難続きは、このことに気付き、新たしいハードルを越えるためのものなのかなぁ、と、思うのだ。

人から見れば、低いハードルでも、本人にとっては、とてつもなく高いハードルに見えるときがある。見える現実とは、人それぞれ違うのもなのだ。そして、そのときそのときによっても、変わる。

飛び超えてしまえば、その低さに気がつくときもある。

困難な事もそのハードルを飛び越えるための声援かもしれないのだ。

本当に道を行きたいのなら、自分で飛ぶしかない、何回かは失敗してもね。でも大抵は、自分に見えているより低いから、大丈夫。(ほんまかいな?だが。きっと、そう。そうだった。そう思う・・・そんな・・・気がする・・・。)

勇気を出して、飛んでみよう。

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職人

常々自分の仕事は職人だなぁ、と思う。

何かを作り上げていく仕事ではないけれど、自分の経験と感性でする仕事。(クライアントに合ったリフレクソロジストとしてのアプローチの仕方をどうしていくかを作り上げているといえばそうなのだが)

確かに最初は誰かに教えてもらうのだけれど、その後は、自分で経験を積んで、教えてもらった事を自分なりに消化吸収し、経験の中から自分だけのものを作り上げていく。

少し話は違うが、リフレクソロジーに限らず、代替医療、補完療法と呼ばれるのもは、その根拠が臨床から来ているものが多いと思う。

経験から来たものである。

教える側としては、過去のそういったデータをもとに教えるわけだが、過去のデータは過去のデータ、全てではない。未知の部分はある。

前場を踏むと言うことは、それら過去のデータを確認する事もできるし、(実際に起こった好転反応とかからね)理論と照らし合わせて自分なりの理解をしていくものでもある。

今まで出会った先生たちからも、現場でのお話を聞くことができたので、とても助かった。

紙の上だけの知識では、職人にはなれない、と思う。

そして、職人になろうと思えば、職人に習うしかないと思うのだ。

私もお陰さまでかなり経験させていただいたけれど、まだまだ出会っていないケースはたくさんある。これからも、心もからだも錆付かせないようにしなくてはね。

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予感

嫌な予感とか、いい予感とかあるけれど、いい予感は、あてにならない事が多いけど、(私の場合)何故か、嫌な予感は、あたる事が多い。

ネガティブな思いには敏感なのか、嫌な予感がするという思いが、嫌な結果を引き寄せるのか、それとも、嫌な予感は、やっぱり未来の予知なのか。

まぁ、嫌な予感がするのに、いやいやと言うか、不安な感じでいるのが一番よくないのだろうけれどね。

どちらにしても嫌なもの、というのは身体と心によくない。

やっぱり直感に従うのが、いいのだろうね。

結果だけではなくて、その過程が、重要。

きっと、いい予感は、結果はたいしたことがなくても、その過程が何かしらよいのだろうね。いい予感がする時は、心も楽しいし。

ということで、今日も勝手に納得です。

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PineLeaf: 夜泣きのベビーマッサージ

リンク: PineLeaf: 夜泣きのベビーマッサージ.

ベビーマッサージ講習を終了した方、これから受ける方。(もちろん、どんな方でも)

市川先生のブログ、読んでみて下さいね。

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緩和ケアとリフレクソロジー

以前にも書いたけれど、緩和ケアには、リフレクソロジーは、とても有効だと思う。

リフレクソロジーは、その方の身体の調子を整えるもの。

恒常性の助けになるものだと思っている。

うちのお客様の中にも、強い薬を飲んでいるわりには、副作用が出ないという方もいる。

癌の方にもとても有効に思うのだけれど、なかなか、今の現状では、医療の現場には取り入れられない。

これからは、それが課題だと思う。

スクールで、リフレクソロジストを育てている身としては、心していかなければいけないことだと思う。

もっと、勉強をしなければ・・・。

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素直な心

今年のおみくじは、「素直な心で」も、キーワードだったけれど、今日映画を見ていて、この素直な心と言うことの意味が少しわかったような気がした。

人に対して何か感じた時に今までの先入観を捨てて(その人のことをどれだけ知っていたとしても)素直に感じたままを話したり、尋ねたりできることかも?って。

映画の中では、小さな女の子が、男の人に「どうして、最近は会いに来てくれないの?」と、それこそ、素直に、尋ねていた。

私たちは、大人になると、そういうときでも、責め口調だったり、はなから、そういう人だと、諦めていたり、好きな人だと、嫌われたらどうしよう、とか、色々考えてしまう。

こういうことって、恐れから来ているのだろうけれど、これからは、映画の女の子のように、素直な気持ちで、人と接しよう。と、思うのだ。恐れずに。

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トリートメント時間

時々質問を頂くのだが、どうして時間が決っていないのか?

リフレクソロジーのトリートメントは、反射区を全て押す。だから、人によってまちまちになってしまうのです、時間が。だってね、同じ指で(私の指)で押すのだから、足の大きさによって、押す回数が変わってくるのは、わかりますよね。(面積が違うから)

ということは、足の大きさによって、施術時間は、変わります。小さい足の方だと、30分位。でかい人(28センチ位あるお客様もいますが)は、45分ぐらい。

そして2回目以降だと、その方の状態に合わせて、再トリートメントするので、大きい足の方は、1時間位かかります。(初回の方は、好転反応を見るために、再トリートメントはしないのです。そのかわり、お身体の状態やリフレクソロジーについてとか、好転反応のお話をさせていただくので、時間は、結構かかります。)

その前後に、今日のお身体の状態や、生活状態などをお尋ねしたり、どうでもいいお話や(これがまた大事なのですが)普段の生活で気を付けることや、リフレクソロジーについて、などのお話をさせていただくので、どうしても最低でも1時間はかかります。(平均すると、1時間半位)

私の場合、最初からそういう風に学んだので、巷の40分コース、とか、目にすると、どうやっているのかな?と、思います。

最初に教えていただいたITECで、勉強された(その当時は日本では、ITECの勉強はできなくて、その先生もイギリスで勉強されたのです。)先生も、ショートコースの20分はどうやってやるのだろう?と、不思議がっていました。(リフレクソロジーは、足全体を(反射区)施術することにより、その方の体の調子を整えるものなので、対処療法のようなことはしない、というのが、基本です。)

先日のホテルでのイベント仕事でも、男の方がいらしたときは、どうしても手が早くなってしまいます。足が大きいからね。小さな足の方は、時間が余れば、エネルギーバランスを長くしたりして、時間調整できますから、大丈夫でしたが。

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リフレクソロジーについて

今までは、HPのほうで読んでいただければと思っていましたが、今度からブログの方にもボチボチとリフレクソロジーについて、書いていこうと思います。

なんといっても、ここは、独り言の場所だったので、本当に自分に言い聞かせている事ばかりを(違う事もあるけれど)書いていたので、(勝手に納得してね)新しいカテゴリー「リフレクソロジーについて」を今後ともよろしくお願いします。

これからは、皆さんを納得させなければね。リフレクソロジーのよさについて。

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日常に活かす

以前オーラ・ソーマのアシスタントをしたときに、「明日からは、また日常に戻っていかなくてはいけない。」と言う受講生の方の声を聞いた。
そのとき思ったのは、コースは確かに日常とは違うけれど、日常に活かさなくてはね。ということ。

私たちは日常に生きている。日常が学びの場。その日常から、どうやって学んでいけばいいのか、それのヒントを与えてくれるのもが、こういったコースでの学びだと思っている。

アシスタントをしたときにティーチャーに言われたことは「掃除も瞑想的にね。」ということ。

瞑想と言うと座って目を閉じて、というイメージを持つ方が多いとは思うけれど、常に意識的にある事、些細な事にも目を向けていくこと、だと思うのだ。

思う事、感じた事に、心をを開く事。それがどんなにネガティブなのとであっても、否定しないで、受け止めてみる。

確かサイババが言っていた(と、思う。)

「だれだれは、周りがうるさくて全然瞑想できない。と、愚痴ばかりを言う。でも、だれだれは、座っているところを見た事はないけれど、自分から掃除をしたり、人の世話を焼いたりしている。瞑想は座ってするだけではない。」
(かなり怪しい記憶ですが)

私たちは日常の生活の中で、感じたり、思ったりしているのだ。
それに気が付けるのは、自分だけなんだよね。
日々瞑想的に。
今年は、そうありたい。

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今ここ

「今ここ」にいるということを普段から心がけているつもりだったのだが、最近それを忘れていた事に気がついた。

先のことばかり心配している自分がいたのだ。

どの本の話だったか忘れたけれど、確かチベットのお坊さんの話で

「お茶を飲んでいる時でも、心がそこに無ければ、気がついたときには、お茶碗の中に、お茶は残っていない。」

と言うようなことが、書いてあった。

誰しも将来の不安や、悩みはあると思う。でも、それだけに心をとらわれていれば、今を楽しむ事はできない。一服のお茶のおいしさも味わえない。

不安の中にあっても、ひと時のお茶を味わう心の余裕は、欲しいものである。そのお茶こそが、もしかしたらその不安を解消してくれるのかもしれない。

どのような状況であれ、日々の生活の中の些細な出来事にも意識を向ける、ということは、気付きに繋がる。

それには今ここにいなくては。

うちのおばあちゃんの言葉

「昨日も、明日も何でもいい、今日が一日無事に過ごせたら、私はそれでいいの。」

一瞬一瞬に生きることは、まだ無理かもしれないけれど、その日一日に意識を向けることから始めよう。

先人の言葉を生で聞ける喜び。

それとも、素直に聞ける歳になったのかしら?

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年末年始は、バッタバッタ

世間とは違い、ありがたいことに、年末年始もお仕事がびっちりで、家の中は、とんでもない事になっております。

無事にホテルの仕事も終わり、昨日は、ハーブの平田先生と熱田神宮に初詣。

去年は頭の上に鳥の糞が直撃しましたが、今年は何事もなく無事にお参り終了しました。

おみくじは、「吉」。だけど、時至りて思いのままに願望叶う。らしい。それには心正しく、行いが素直なら。(大丈夫、いつもそのつ、も、り、で、生きておりますから。)
開運色は、金色。(平田は、銀色。私たち今年はゴージャスね。)

待ち人やらその他はどうでもよろし。願望 必ず叶う。のみで、今年は行きたいと思います。

そういえば、ホテルの仕事で「初心に戻る」つもりで、次から次へと・・・なんて書いたら、本当に2日は、1時過ぎから、次から次へとお客様が現れて、息つく暇もありませんでした。ありがたいことです。

ただ、リクライニングチェアの施術だったので、肉体的には、少しきつかったけれど。こういう経験も、いかに、リフレクソロジスト自身の姿勢も大事かと言うことを身を持って知る事になったので、結果的には、○。(受講生の皆さん、教えているように、自分の姿勢も楽にね。大事ですよ~。)

お客様の中には、私のブログを読んでくれている方もいらっしゃったりして、嬉しいやら、恥ずかしいやらでした。

普段の仕事と違って、限られた時間の施術だったけれど(お客様も、他県からの方が、多かったけれど)少しでも多くの方に、リフレクソロジーの良さを知っていただけたら。

リフレクソロジーを正しく知っていただく。

今年もこれが私のミッションです。

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初心に戻る

今年は、元日から、仕事をしっかり!させていただいています。

毎年営業はしていますが、予約がないときは、のんびり朝酒なんか飲んだりしてます。でも、今年は、ホテルでのイベント仕事、そういうわけにはいきません。(あたりまえだよね。)

リフレクソロジーを手軽に楽しんでいただけるように、ショートコースもしているのですが、これがまた久しぶりで。フルトリートメントも30分なので、少しスピードアップしています。

普段の仕事と違って、いらっしゃったお客様に、たんたんと、施術するのみ。時間はきっちりと、の仕事です。ですから、お客様さえいらっしゃれば、次から次へと、仕事をこなしていくだけです。

久しぶりにこういう形で仕事をしたのですが(今日もするよ)暇な時間に思った事。

それは、昔の私の事。まだ、リフレクソロジーがどういうものか、ほとんどの方が知らないときに、こういう形の仕事が、よく回ってきたなぁ、と。

そのころは、仕事をさせていただくだけで嬉しかった。(今でもそうですよ!念のため)
そして、まだ、一般的でなかった欧米式のリフレクソロジーを少しでも多くの方に知っていただきたくて、「どーーんと、来てくださいよーー。」という気持ちがとても強かった。(今でもそうですよ!またまた、念のため)お昼ごはんを食べる暇がないほうが、嬉しかったのだ。

でも、やっぱり微妙ーに、気持ちが違う。歳のせい(?)もあるのだろうけれど、あのころの純粋さとは、ちょっと違うような。

次から次へとは、ちょっとキツイかなぁ、と思っている自分に気がついた。
自分のサロン以外で、少しでも多くの方に、リフレクソロジーを知っていただく機会をもらっていながらね。
それに、小さなお子様連れのお母様も多くて、一緒にいらっしゃるご主人にしばらく子守りをお願いして、久しぶりのトリートメント、という方も多かった。しばし、至福の時を。のお手伝いをさせてもらえるよい機会なのにね。

今回の仕事は、初心の自分を思い出させてくれるためのもの?というほどに、自分の情熱の炎が、小さくなっている。(ダー、ダメじゃん!)

常に初心に帰る。

大事な事。

思ってはいたけれど、今回、実感しました。

今日は、次から次へと、カモーーーーン!です。

お時間ある方はいらしてくださいね。

ダーツコーナー(これまた人気)や、占い、ネイル、似顔、キッズコーナー(これは無料で、すごろくとか、福笑いがあります。アロマのハンドもありますよ。
リフレクソロジーも含めて、普段より、お得な価格設定になっています。
どなたでも、入場できます。舞台では、バレエとか、歌とか、(何故か)阿波踊りとか、やっています。

金山グランコート・ホテル 5F ローズ・ルーム

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明けましておめでとうございます

皆様、明けましておめでとうございます

旧年中は、大変世話になりました。

今年もどうぞよろしくお願いします

今日、明日、金山グランコートホテル5Fのローズルームで仕事してます。

お暇なら、遊びに来てくださいね~。

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