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仕事中毒

タイトルどおりではない生活を送っているのだけれど、それでも昨日フッと気がついた。

最近は全てが仕事中心で、自分のものの考えも全て仕事が中心になっていたようだ。

仕事が暇なら、自分のリフレクソロジストとしての足らないところばかりを気にしたり、受講生が集まらなければ、テキストが悪いのか、とか、先生としての自分の足らなさを気にしたり。何かあると、これは私のとって何を意味しているのだろう?というのも、全て仕事がらみで考えていた。

リフレクソロジーの仕事は確かに私に色々な学びを与えてくれ、人生にもたくさんの気付きを与えてくれているけれど、それだけが全てではないのにね。

自分でも気がつかないうちに、仕事が忙しい=自分の評価 になっていたのかもしれない。

確かに仕事がうまく行かなくては、家賃も払えず、ご飯も食べられないのだが、それが中心になってしまってはね。

昨日は、おばあちゃんになんちゃってブイヤベースを作ってあげて、二人でおいしいおいしいと言いながら、コタツであったまって、幸せなひと時を過ごした。(おばあちゃんは、おかわりまでしたよ。)

そういう時間が私と言うものを創っているのだ。

仕事ばかりのおじさんたちを白い目で見る前に、己を振り返らないと。

人を指差す時、3本の指は自分を指差しているのだから。

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「リフレクソロジー」カテゴリの記事

コメント

mizuさん,こんにちは。

記事へのコメントとは言えないのですが,HPの方の掲示板は「受講生&お客様」用とありましたので,こちらで失礼します。

土曜日に「あなはた栄ルーム」を発見しました(きゃっ!きゃっ!)。いつか看板を作られたと書いておられたので,あるのかなあと思いましたが見つからず,部屋番号を頼りに郵便受けを見たら,お名前が書いてありました。(誰かに見られたら,きっとあやしい人だったでしょう。)

まあ,「フリ」のお客さんは「想定外」でしょうから,あれでいいのですね。その辺にmizuさんが歩いていらっしゃらないかなあと,ちょっと見回してしまいまいした。(さらにあやしい。)

ようやく受験生を持つ身になり,お正月は帰省しない予定なので,休日出勤の代休も使って,私だけ親に顔を見せてきました。母は昭和の年数と同じ歳で,父は7回目の年男ですが,おかげさまで,今のところ人の助けを借りずに日常生活を送れています。

実家の近くは,またマンションが建つようで,だんだん住みにくくなります。それでなくても,昔からの日常の買い物に行くお店はほとんどなくなり,電球1つ買うお店も老人の徒歩圏内にはないようです。皆さん,どうしていらっしゃるのでしょうね。

投稿: なも | 2005年12月18日 (日) 14時51分

なもさん、とうとう発見しましたか。(なんのこっちゃですが)
看板は、自宅のサロン用に作ったので、栄には置いてないんですよ。
でも、少しわかり辛いところを、見つけていただきありがとうございました。
あいにくと、土曜は自宅サロンにて、仕事をしておりました。

最近は、お年寄りの方が、街中に住まれるのを好む傾向にあるそうです。
私は、中区なので、不自由はしませんが、家電関係が、街中にはないので、時々困ります。(車もないので)

話は変わりますが、名古屋のゴミの分別も大変で、うちのおばあちゃんは、なんでも不燃に入れてしまいます。
お年寄りには、難しすぎるのでしょうね。
私がいつも分別しに行きますが、身寄りのない方はどうしているのかと思うと、少し心が痛みます。
なもさんのご両親は、お元気そうで何よりです。
お陰さまで、うちの88のおばあちゃんもますます元気であります。
今日も、てんぷらが食べたいらしく、夕方食べに出かける約束をしています。

雪もずいぶんと積もりました。
お体大事にしてくださいね。

投稿: mizu | 2005年12月18日 (日) 15時44分

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