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「怒る」と、「叱る」

ほんとに、PCの調子が悪い。(また愚痴)ブログの更新を妨げる。ということは書かなくてもいいということかしら?

昨日、知り合いの人から、久しぶりに電話をもらった。
今度、ご飯でも食べようとのお誘い。
久しぶりなので、少し話をしたのだが、先日久しぶりに、大激怒したそうなのだ。

「私が怒るなんて珍しいわよ。」

と言っていたが、確かにそうだ。と。

「こんなに、怒らせる人もいないわよ!」

って。

確かにそうだ。と。

歳をとると、人間が丸くなるというけれど、確かに、周りに怒らせる人もあまりいなくなるということもあると思う。周りの人も、角が取れてきているしね。

あと、熱くなると言うことも、減るからかしら?

あきらめの方が強くなったり。

怒ることで、思い出したけれど、最近は、「叱る」という言葉をあまり使わないような気がする。

私の世代では。「怒る」っていうのと、「叱る」って言うのは、明らかに違った。

「怒る」っていうのは、なんだか個人的な感情のような気がする。

「叱る」っていうのは、感情ではないところからくるもののような気がする。

(気がするってだけで申し訳ないけれど)

言葉では、うまく表すことはできないけれど、違うもの。だと思うのだ。

「叱る」という行為には、相手に対する思いがあると思うし、(それゆえに、怒る、ということになると思うのだ。)

だから、叱られた方もただ単に怒られたというわけではなくて、これからのために、という感じがするのだ。

20歳位の時、ある人に、(私よりかなり年配の方だったけれど)些細なことだけれど、私のしたことで、注意をされた。
その時の(まさに叱られたのだが)言葉が、柔らかで、叱られているという感じはしなかったのだが、言った言葉はきっぱりしていた。

同じことを言われても、違う言い方をされたら、「ふんっ」ってなるところをその人の言葉は、20年経った今でも、私の心に残っている。
私が、お盆を使わずに、手に持って、お銚子を運んでいたら
「お盆を使いなさい。そのほうが、あなたが美しく見えますよ。」
と言われたのだ。
その時、私も誰かに何かを注意する時、こんな言い方をしてみたいと思った。
(この間、初めて無意識に同じ言葉を使ってしまったのだが。)

せっかく、40歳になったのだから、上手に人を叱ることができるような人になりたいのである。人を上手に叱るということは、それなりに歳を取るという必要もあると思うのだ。

でも、現実は、バレエでも、スクールでも、ひとり熱くなって、怒ってばかりなのだ。(しゅん)

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